「あわわわわわ〜っっっ !!!!!!????? 」

突如目の前に現れた得体の知れない生物にびっくり仰天しているクマさんに、氷河がまた、へこへことお辞儀を繰り返します。
「まだ小さい子たちですので、何かとご迷惑をおかけするかもしれませんが、大目に見てやってください」

「ななななななななななんじゃ、こりゃ〜 !? 一寸法師が、ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、むぅ、なな、やぁ……」

「15人だよ」
「15人も! 一寸法師が15人!」

板の間に腰を抜かしたまま、クマさんは口から泡を吹きながら、氷河に尋ねました。
「あ…あんた、この江戸の町で見世物小屋でも始めて、一山当てようって魂胆かい」

すると。

「俺が、俺の大事な小人たちを、見世物になんかするはずがないだろう!」

それまで、とにかく腰が低かった氷河の声音が一変。
ドスのきいた太い声に、クマさんはまたまた泡を食ってしまいました。

「はぁ……俺の大事な小人たちって、じゃあ、この子たちはおまえさんの子供かい」

「違うよー! 僕たちと氷河は愛し合ってるんだよ!」
態度を一変させた氷河に代わって、クマさんに答えたのは、腰を抜かした彼の右手のあたりで首をかしげていた小人の一人。

「あ……愛?」
「はあ、いつかちゃんとした所帯を持ちたいと思ってるんですが、なにしろビンボーなもんで……」
氷河が、再び、人のいいおにーちゃんの顔に戻って、照れたように頭をかきます。

「しょ……所帯ねぇ」
そんなことが可能なのかと言いたいところを、クマさんはぐっとこらえました。
氷河の豹変が恐かったからです。

「はい。ですので、昼間は岡っ引きの仕事をさせていただいてますが、夜は縫い物と傘張りの内職をすることになってまして、夜中まで灯りがついていると思いますが、どうかお気になさらず」

「縫い物……あんたがかい?」
「氷河の針仕事は超一流だよ。大奥のおばちゃんたちが着る打掛けの刺繍だって頼まれるくらいなんだから」
今度の声は、クマさんの左足のあたりから聞こえてきました。

「そりゃすごい」

「それでねぇ、縫いあがった着物を収めに行った時にね、氷河が、ちょうどやってきた狂犬病の犬に一文銭を投げつけて退治したの。そしたら、大奥のおばちゃんがそれを見て感心して、十手持ちになったらどうかって」
「僕たち、早く氷河と所帯を持ちたかったから、江戸に出てくることにしたの」
「田舎じゃ、滅多に道に小銭なんか落ちてないけど、花のお江戸だったら、迂闊者がたくさんお金を落としてそうだもんね」

小人たちの声は、どれも明るく元気いっぱいです。
クマさんは、ついついつられて笑い声をあげてしまいました。

「ははは。でも、この長屋の周りじゃ無理だな。みんなビンボーしてるから、そもそも落とす金がない。俺もなぁ、ほんとは腕のいい大工なんだぜ。だけど、こないだ屋根から転がり落ちて、このザマよ! 道に金が落ちてたら、先に俺が拾うよ」

「……おじちゃん、大変なんだね」
「早くよくなるといいね」
「よくなったら、きっと、落ちてるお金を拾ってる暇もなくなるくらい、たくさんお仕事がくるに決まってるから、今はあせらないで、じっくり養生することだよ。それまでは、僕たちも、道で見つけたお金はおじちゃんに譲ってあげるね」

小人たちの中でも、ひときわ賢そうな子が分別顔で言うのに、クマさんは、
「そうかい、そうかい」
と頷きました。
毎日仕事をもらえている仲間たちに言われたのだったら、素直に受け入れられない励ましも、小人たちの口から出ると、なぜか子供のように素直に聞けてしまう自分に、クマさんは驚いていました。

「くさらないで、頑張ってねー」× 15

「ありがとうよ。おまえさんたち、可愛いだけでなく、優しいねぇ。ここは、多分、江戸でいちばんのおんぼろ長屋だけど、住んでるもんたちはみんな気のいい奴等ばっかりだから、俺もなんとか生きてられるよ。二件隣りのおシゲちゃんが、ときたま惣菜を分けてくれるしな」

「おシゲちゃんとこ、さっき、寄ってきたよ。病気のおとっつぁんがいて、大変そうだった」
「うん、大変そうだった」
「絵に描いたみたいな貧乏してたね」
「うん、絵に描いたみたいだった」

「困った時には、お互い様だ。俺も金以外のことだったら、何だって相談に乗るぜ」

「ありがとうございまーす」× 15

ちょこまか動きまわっていた小人たちが整列してお辞儀をする様を見て、クマさんの顔もついほころんでしまいます。


「ほんとに可愛いねぇ」
「そうでしょう、そうでしょう」

目に入れても痛くないといった風情で何度も何度も頷く氷河を見て、この小人たちと所帯を持ちたいというこの男の言葉は案外冗談ではないのかもしれないと、クマさんは思ったのです。

どうやって、そんなことを実現するのかは、さすがのクマさんにもわからなかったのですが。







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