春一番が、冬の間に長屋の周りにたまっていた土埃りをどこかに吹き飛ばしてしまってから、あまり日にちも過ぎていないある日のことでした。 いつもなら、そろそろお陽様がおんぼろ長屋の屋根を明るく照らすはずの寅の刻。 おシゲちゃんは、隣りの家から聞こえてきた、 「わわわわわわわ〜っ !! 」 という声のせいで、布団の上に跳ね起きることになってしまったのです。 丑の刻あたりから、しとしとと雨が降り出していたらしく、まだ外は真っ暗。 薄い壁の向こうから、 「10号、おまえ、いったいどーしたんだ !? 」 と聞こえてくる声は、つい数日前にこの長屋に引っ越してきた隣人の声でした。 おシゲちゃんの隣りに寝ていたおとっつぁんも、その声で目が覚めたらしく、なにやら心配そうな顔をしています。 「おとっつぁん、あたし、ちょっとお隣りの様子を見てくるわね」 おシゲちゃんがそう言って戸を開けると、ちょうど二件隣りのクマさんも怪我をした足を引きずって外に出てきたところのようでした。 「おぅ、氷河! 何かあったのか !? 」 なにしろ、江戸でいちばんの貧乏長屋。 泥棒も来てくれない家々は、戸締りしなくても安心です。 氷河と小人たちの家の戸はつっかえ棒もかましてありませんでしたから、クマさんは雨に打たれながら戸の開けられるのを待っているのも面倒だとばかりに、小人たちの家の中に飛び込んでいきました。 もちろんおシゲちゃんも、その後に続きました。 そこで、2人が見たものは! ――と、もったいをつけても始まりません。 そこで、2人が見たものは、 全身水浴びをしたようにぐっしょり濡れて、あんあん泣いている小人さんが1人。 その小人さんを見おろしておろおろしている、顔だけは男前の内職男。 そして、どうしてそんなことになってしまったのかが理解できないでいるらしい、びしょ濡れ小人さんの14人の仲間たち――だったのです。 |