「しかし、この子の食欲もものすごいが、動じない女給もすごいな」
「……まさに東洋の神秘だ」
「共同研究するか?」
「東洋の神秘だ、これはどう考えても……。物理学的に説明できん……」
「女給は貴様に任せるからな。俺は、可愛子ちゃんの神秘を――おわーっっっ !!!! 」
食べ放題のお代を払って、カミュ物理学者との好き者漫才を再開させたミロ医学者が、食べ放題のお店を出るなり絶叫したのには訳があります。

「どーしたの、おじさん。急に雄叫びあげて」
「僕が察するに、医者の不養生ってやつだね」
「医者の養豚場? なんだか臭そ〜」
「そんなの偏見だよ。ブタさんは、ほんとは綺麗好きなんだから」
「ごめ〜ん」

合体している必要がなくなった花のお江戸の合体瞬が、いつのまにか合体を解いて、自分たちの肩に分乗していることに、遅ればせながらミロ医学者は気付いたのです。
それで、彼は、叫ばずにいられなかったのでした。

「かっ……可愛子ちゃんが〜っっ !! 」
「ミ……ミロ! 大丈夫かっ !? こんなところで死んでどーする!」
「ダメだ、私はもう再起不能だ……。ついに運命の恋人に巡り会えたと思ったのに……」
「何人目の運命の恋人だ。クールになれ。この子を養っていくのは、よほどの金持ちじゃないと無理だぞ。あの食欲では、一国の国王クラスでないとすぐに破産だ」
「か……可愛子ちゃんのために破産するのは、男の本懐……」
「阿呆! 私たちの本業を忘れたのか」
「へろへろへろへ〜」

あまりと言えばあまりな事態に、すっかり落胆してしまったミロ医学者は、その場にへたへたとヘタり込んでしまいました。

そんなミロ医学者を蔑むように睨みながら、カミュ物理学者が小人たちに尋ねます。
「……ったく、処置なしだな。ところで、君たち」
「なーに? 皿うどんはどこのお店がおいしいの?」
「いや、皿うどんは後にすることにして、君たちはいったい、これまで誰に養われていたんだ? よほどの金持ちの家にいたんだろう? かなりの家柄の出としか思えないが」

「僕たちの氷河はお金なんて持ってないよ」
「いつも、4文銭を1つ握りしめてるだけ」
「ふむ。カードか小切手で支払いを済ませることが多いわけだな。やはり、君たちは、どこぞのお姫様が魔法にかけられて、こんな姿になっているわけだ。そうに決まった!」
「なーに、その角とかこぎつねとかって?」

口調は、とりあえずクールを装っていますが、カミュ物理学者の言っていることは、どこか何かが妙ちくりんでした。

「おい、カミュ! おまえこそ、相変わらず、クールの振りして、ちっともクールじゃないな! 何を言い出したんだ! おまえこそ、冷静になれ! それじゃあ、クールどころか、科学者としても失格だぞ!」
なんとか立ち直ったミロ医学者が、友人を諌めましたが、カミュ物理学者は聞く耳を持っていないようでした。

「やかましい! あの食欲が科学で説明できるかっ! 物理学的に不可能だっ!」

なんということでしょう。
カミュ物理学者は、理解の限界を超えるとぷっつんするタイプだったのです。
ぷっつんしたカミュ物理学者は、自分とミロ医学者の肩の上に分乗している小人たちに言いました。

「小人姫」
「媚と蛇? なーにそれ」
「実は、我々ふたり、物理学者カミュと医学者ミロとは、世を忍ぶ仮の姿」
「仮の姿? その南蛮の服は貸し衣装なの?」

「我々の真の身分は、女性上位な阿蘭陀の貴族の姫君ではなく、しとやかな日本女性を妻に迎えたいという阿蘭陀国の次期国王の密命をうけて、王子の妻となる日本女性を探しにやってきた、阿蘭陀国の王子の家庭教師なのです! 小人姫、ぜひ我が国にお越しください! 今のご時世、小人姫の食欲に動じない財産を持つ王室は、よおろっぱ広しと言えども、わが国阿蘭陀しかありません!」

「おい、カミュ、貴様、正気かーっっ !! せっかくの可愛子ちゃんをーっっ !! 」

長崎の目抜き通りに、ミロ医学者の絶叫が響き渡りました。







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