いずれにしても、氷河は失敗続きだった。
そして、氷河が失敗を続けているうちに、ペットントンはしっかりと瞬の心と生活に入り込んでいったのである。

「氷河、ペットントンたらすごいんだよ!」

ペットントンがただのキノコの化け物でないことを氷河が知ったのは、ペットントンが城戸邸にやってきて1週間も経った頃だった。

「メイドさんが水を替えるの忘れられてたみたいで、花瓶の花が枯れてたの。ペットントンてば、それを元に戻しちゃったんだよ!」
「なに?」

瞬の言葉の意味がわからずに眉根を寄せた氷河に、ペットントンが相も変わらぬトボケ面でこっくり頷く。

「僕、3日前に戻って、花瓶に水を入れてきた」
「3日前に戻っただと !? 」
そんな驚くべきことを至極あっさりと言うペットントンに、氷河は瞳を見開いた。

「すごいでしょ! そんなこと、氷河にもできないよね」

どういうわけか、あくまで氷河とペットントンを比較することをやめない瞬に、氷河がムッとなる。
ペットントンが過去と現在の行き来ができることなど、この際大した問題ではなかった。

「ふん。花の時間を止めるくらいなら俺にだって」
そう言って、氷河は、花瓶の中から一輪の花を抜き取り、それを絶対零度の氷で包み込んだ。
「どうだ。おまえが溶かせば、またすぐ元通り生き返るぞ。それまで、この花はずっとこの姿を保ち続ける」
「わ、綺麗!」

瞬の嬉しそうな笑顔を見て、ノンキなペットントンも珍しく対抗意識を燃やしたらしい。
ペットントンはぱっとその場から消えたかと思うと、次の瞬間、氷河たちが見たことのない白い花を手にしてその場に再び現れた。

「わぁ、ダイヤモンドダストの花みたい!」
雪の結晶でできたような美しい白い花に、瞬は歓声をあげた。

その花を瞬に捧げながら、ペットントンは言った。
「僕が生まれた日に咲いてた花」
「え?」
「ペットントンが生まれた星で咲いていた花」

「…………」
瞬は、花よりもペットントンの方に、不思議なものを見るような眼差しを向けた。
瞬は、ペットントンがここにいるのは、彼が故郷に帰る術を持っていない――失ってしまった――からなのだと思っていたのだ。

「おまえ、過去に行くだけじゃなく、空間を移動できたりもするのか」
瞬の疑念を、氷河が代弁する。
ペットントンは、これまた至極あっさりと頷いてみせた。

「なら、どうしてこんなところにいるんだ。故郷の星に帰ったらいいじゃないか」
ペットントンを瞬から遠ざけたいからというのではなく、氷河にしてみれば、それは当然の疑問だった。
ペットントンの生まれた星には、彼と同種族の仲間と家族がいるに違いないのだ。

ペットントンが、その大きな頭を小さく横に振る。
彼は、そして、やはり小さな声で告げた。
「ペットントンのママが死んだ」

「……死んだ……って、だが、生きていた頃に戻れるんだろう」

またまた大きな頭で、ペットントンがこくりと頷く。
「だったら、どうして?」
瞬は、自分が思っていたのとは違う意味でひとりぽっちなのかもしれないペットントンに、まるで愛撫するように優しく尋ねた。

「戻った時代には、その時代の僕がママといる。過去のママは僕のママじゃない」
「…………」

「僕、ママじゃない誰かを探しに来たの。今の僕を好きになってくれる誰かを探しに来たの。僕、瞬ちゃん、見つけた」
「ペットントン……」

自分の我儘を通して取り戻そうと思えば取り戻せる過去。
その過去を捨ててここにいると告げるペットントンの言葉に、瞬の瞳は潤みかけていた。
あるいは、それは、過去を取り戻す術を持たない氷河のための涙でもあったかもしれない。

「僕は、今ここにいるペットントンが大好きだよ」
「僕も瞬ちゃん、好き。瞬ちゃんは、僕に優しくしてくれたから」
「みんな、優しいよ。みんな、ペットントンのこと好きだもの」
「でも、瞬ちゃんがいちばんあったかい」

瞬に頭を撫でられて、ペットントンは嬉しそうに表情を緩めている。
そのバカ面を眺めながら、氷河は初めて、合点がいったような気がしたのである。

(ふん。俺に似てるってのは、そーゆーことか)

ペットントンは、もう取り戻すことのできない人を諦めて、代わりの誰かを探して、そうして瞬を見付けた――のだ。
氷河と同じように。

瞬は、いつも自分の側にいる男に似ているから、似ていることを敏感に感じとって、だから、自分とは違う生き物であるペットントンを恐がりもせずに受け入れてしまったに違いない。

そう思えば、ペットントンが人間でないことは、幸運なことなのかもしれなかった。
少なくとも、ペットントンは氷河の恋敵にはなり得ない存在だった。
たとえ、氷河と同じほどの強さと深さで、瞬を必要としていても。


(しかし、それとこれとは別問題だ! 俺と瞬の間に割り込んでくる奴は、地球外生命体といえども許すわけにはいかん!)
自らの同情心を打ち消すために、氷河は自身にそう言いきかせた。

が、氷河は、幼稚なペットントン追い出し作戦を続行しながらも、少しずつ、この孤独な地球外生命体を受け入れていったのである。
瞬が受け入れてしまったものを拒み続けることは、氷河にはなかなか困難なことではあったのだ。






【next】