「なぜ、一輝でなければ駄目なんだ」

瞬はもう、朝の瞬だというのに、俺は自分の指を瞬のあらぬところに忍び込ませて、少しだけ時間を遡らせた。

「氷河……」
僅かに夜の表情を取り戻した瞬が、無理に喘ぎを抑えながら、瞳を熱で潤ませて、俺を見上げる。
「だ…って、氷河じゃ駄目。氷河にはできない」
「何ができないというんだ。俺はどんなことだってしてみせるぞ」
「駄目、氷河はきっとできない。僕のために――を捨てることなんて。だから言えない」

喘ぎの中に、言葉が埋もれてしまっていた。
瞬は何と言ったのだろう。

「俺は命だって捨てられるぞ、おまえのためになら」
「駄目、そんなの嫌」

瞬が求めているものは、命ではなく――では、いったい何だ?
瞬が、兄しか与えてくれないと思っているものは。

「兄さんは帰ってきてくれる。そう約束したんだもの。兄さんが忘れるはずない」
瞬が俺の胸の下で、半分喘ぐように断言する。

俺は少し意地悪く、そんな瞬を揶揄するように笑ってみせた。
「だが、今、おまえが欲しいものは一輝なんかじゃないだろう。今、おまえが欲しいものは何だ」
「あ……」

一輝のいないうちに、俺は時間をかけて馴らしてきた。
瞬の心の全部が無理なら、せめて身体だけは俺を求めずにはいられないように。

「今、おまえが欲しいものは一輝じゃないだろう?」
瞬が苦しげに眉根を寄せて、俺を見上げる。
「何が欲しいのか言葉にしてみろなんて、バカげたことは言わない」
「氷河…!」
瞬の身体が焦れていることは、瞬に触れなくても、瞬の辛そうな声を聞かなくても、その目を覗くだけでわかった。

「欲しいものは一輝ではないと言え。そうしたら、おまえの欲しいものをやる」
「あ……」

その二つの要求のどちらがバカげたことなのか、今の瞬にはまともに判断することもできないでいるだろう。

「氷河、氷河…っ!」
それでも、俺の名を呼ぶことで、瞬は僅かな抵抗を見せた。
自分の訴えに俺が微動だにしないのを肌越しに感じた瞬が、だが、すぐに折れる。

「い…一輝兄さんじゃない……氷河、僕の欲しいのは、一輝兄さんじゃないから……!」

「よく言えたな」

思い通りにならない瞬を、ほんの一瞬だけでも自分の思う通りに動かせたことに満足して、俺は瞬にご褒美を与えた。

途端に瞬が歓喜の声をあげる。
全身を俺に捧げるようにして、瞬は俺を飲み込んでいった。






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