「わ……雪!」
「冷えると思ったら。今年は雪が多いな」

瞬以上に寒さなど感じていないはずの氷河が、妙に普通人ぶったセリフを吐く。

「うん、そうだね」

決してそんなはずはないのに、空のただ一点から地表の全てに向かって降ってくるような雪。
その雪を見て急ににこにこしだした瞬の顔を、氷河は探るように覗き込んだ。
彼には、雪など、大して珍しいものでも嬉しいものでもなかったのだ。

「何だ?」

瞬が、氷河の胸に寄りかかるようにして、空を振り仰ぐ。
灰色から白く染め変えられたような空を見上げたまま、瞬は氷河にともなく、空にともなく、そして、舞い降りてくる雪にともなく言ったのだった。

「僕、雪が降るたびにね、これは、宛名はないけど、氷河から僕への贈り物なんだって思うことにしてるんだ」
「俺からの?」
「うん。雪が降るたび、嬉しいの。氷河は雪の匂いが――ううん、雪は、氷河の匂いがするから」

「おまえは花の匂いがする」

話の脈絡に沿っているのか無視しているのかわからないような氷河の唐突な言葉に、瞬が瞳を見開く。
それから、瞬は、雪が降るたび雪に氷河を感じて自分が幸せになれるように、春に咲く花が氷河に幸福感をもたらしてくれるものであればいいと、胸の片隅で願ったのである。
雪が無限であるように、花も無限であればいい――と。


「知ってるか、瞬。花ってのは、摘まれる場所や季節や日や時間帯によって、全くコンディションが違うんだぞ。香水に使う花ってのは、必ず、日の出前から気温が上がる直前までに摘むものと決まってるんだそうだ」

“離れられないもの”を買う際に手に入れたらしい知識を、氷河が妙に嬉しそうに瞬に披露する。

「花って、そんなにデリケートなものなの」
「おまえもそうだろう?」

氷河の言葉が言外に何を含んでいるのかを察して、瞬は困ったように肩をすぼめた。
聖なる恋人たちの日を祝福するように地表に降りてくる純白の雪に免じて、瞬は氷河を責めるのは思いとどまったのだが。

「そんなことないよ。僕は……摘む人が氷河なのなら、それでいいもの」
「場所や時間帯は構わないのか?」
「……それが氷河なのなら構わないよ」

が、甘やかすと、人はつけあがるものである。
氷河は、特にそれが顕著だった。
彼は、瞬に甘やかされるのが大好きなのだ。
「そーゆーことを言われると、今この場でしたくなるじゃないか」

故に、瞬は甘く可愛いだけの花ではいられない。
「僕の氷河は常識をわきまえてます。中に入ろ」

肩から瞬のコートの襟に向かって妖しげな軌跡を描き始めた氷河の手をぴしゃりと音を立てて撥ね付けて、瞬は彼の腕から逃れ出た。


大仰に肩をすくめる氷河を無視する格好で、瞬が城戸邸の門の開閉パスワードを入力し、門を開ける。
そのまま、玄関に向かおうとする瞬を、ふいに氷河の声が呼びとめた。

「瞬」
「なに?」

距離があるのだから安全だろうという判断のもとに、瞬は氷河を振り返った。
きまりの悪そうな顔をしているのだろうと思っていた氷河が、案に相違して、ひどく真剣な眼差しを瞬に注いでいる。

「俺以外の奴には摘ませないからな」

周囲に雪を舞わせながら真顔でそう告げる氷河に、瞬は一瞬きょとんとした。
次の瞬間、瞬の口許から笑みが零れ落ちる。
くすくす笑いながら、瞬はその場で回れ右をした。

そうして、瞬は、氷河ではなく雪に向かって言ったのである。

「摘まれません」



それだけ言うと、氷河の“離れられないもの”は、氷河からのプレゼントを両手で包み込むように抱えて、笑いながら玄関に向かって走り出した



まとわりつく雪と楽しそうに遊んでいるような瞬の後ろ姿。

氷河はしばらくその場に立ち尽くし、駆け出した花に雪の降る様を、抱きしめるような思いで見詰めていたのである。







Happy White Valentine's Day ♪







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