そして、シュンは、ヒョウガと共に、パリの街の片隅で、兄とフランスと革命の行く末を見守り続けた。
国王家族の軟禁と逃亡の失敗。
憲法の制定、立法議会の成立。
王と王妃の処刑。
理想に走り過ぎた兄やロベスピエール、サン=ジュストたちジャコバン派の独裁と恐怖政治。
そして、1794年、テルミドールの反動――。
ロベスピエール等と共に逮捕された兄を救出に向かったシュンとヒョウガの国外への亡命の勧めを、シュンの兄は、
「俺たちは、急ぎ過ぎ、あまりに多くの血を流し過ぎた」
と言って拒絶したのだった。
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