瞬を幸せにする! ついでに、自分も幸せになろう。 氷河は、突然、そう決意した。 そして言った。 「瞬、おまえ、人助けが好きだな?」 「え?」 「好きだろう?」 「そうだね。自分のために何かをするよりは、罪悪感を感じないね」 「よし、じゃあ、俺を助けてくれ」 「氷河を……?」 「そうだ。俺は、おまえが好きで好きで仕方がないんだ! 人助けだと思って、俺に惚れろ!」 突然、訳のわからないことを言い出した戦友に、瞬がきょとんとなる。 「あ……あの……頼まれて、人を好きになる人なんて、この世にはいないと思うけど……」 戸惑いつつも瞬は反駁を試みたが、がっしりと氷河の両手に両肩を掴まれて動くに動けない立場の身としては、その口調にも力が入らない。 そんな瞬に比して、氷河の方は自信満々である。 「おまえはなる! こんなにおまえに惚れて、苦労の割にまるっきり報われていない哀れな男を、おまえは気の毒だと思うだろう? 思うはずだ!」 力一杯断言されて、瞬は返答に迷った。 ここで、 『ううん、ちっとも』 とは、なかなかに答えにくい。 「俺は本当にバカだ! 無駄なアプローチなんかに努めてないで、最初からおまえにはっきり頼めばよかったんだ。くそっ、俺はこの1年を完全に無駄にしたっ !! 」 「アプローチ……?」 瞬は、もちろん、氷河のアプローチになど、全然気付いていなかった。 『好きだ』と告げることもなく為された氷河のアプローチは、瞬にしてみれば、“ちょっと強引なお友だちの誘い”の域を出るものではなかったのだ。 氷河のしてきたことは、実に、まさしく、正しく、“徒労”だった。 ――らしいことを、氷河は、ここに至って、はっきりくっきり明確に認めざるを得なかった。 しかし、氷河は、そんなことでは泣かない、めげない、挫けない男である。 そうでなくては、彼が、『氷河』などという商売を十数年間も続けてこれたはずがないのだ。 「俺はお買い得だぞ! 見ての通り、○○○○も裸足で逃げ出すほどいい男だし【○○○○の中には、あなたが世界でいちばんいい男だと思う男性の名をお入れください】、おまえの同僚だから、おまえのことをよく知ってるし、仕事上(?)の悩みにも相談に乗れるし、体力・腕力ばっちりで、いざとなったら何をしてでもおまえを食わせてやれる。幸いなことに係累もなくて天涯孤独だから、姑・小姑問題でおまえを悩ますこともないし、それに、なにしろ、とにかく、おまえに惚れきってる!」 氷河は、婉曲的なアプローチをやめ、突如、直截的なセールストークに転じた。 瞬のように、自分の幸福追求の欲望が希薄な人間には、この方がずっと効果的だということに、氷河は遅ればせながら気付いたのである。 「俺は! おまえのためなら、大抵のことはしてやるぞ! おまえが泣いてたら慰めてやるし、腹が減ってたら食い物を持ってきてやるし、何かが欲しいというのなら、かっぱらってでも取ってきてやる! 疲れてたらおぶってやるし、闘うのが辛いのなら、おまえの分も敵を倒してやる。退屈してたら漫才でもしてやるし、暑かったら涼しくしてやるし、寒かったら……あ、えーと――」 寒かったら氷河はどうするのだろう? ――と、瞬は、まるで他の誰かに恋の告白をしている友人を見守っている気分で心配した。 「寒かったら、抱きしめて暖めてやる! だから、俺に惚れてくれ!」 続く言葉が何とか発せられたのに、ほっと安堵する。 それから、瞬は、今自分が置かれている立場を思い出した。 瞬にしてみれば、今ひとつ、氷河の言葉が自分に向けられたものだと思ってしまうことができなかったのである。 なにしろ、それはあまりにも唐突すぎたのだ。 「ぼ……僕のために何でもしてくれるって、それは変だよ。それじゃ、氷河の得になることなんて、何ひとつないじゃない。氷河は、僕に何かをしてほしいから、僕を好きになったんじゃないの?」 「へ……」 問われて、氷河もまた、ふと我に返る。 確かにそうだった。 氷河とて、瞬にしてほしいことはたくさんあったのだ。 少なくとも、去年の今夜、蛍を見て悲しそうにしている瞬を見た時、氷河は瞬を抱きしめてやりたいと思った。 そうされても“拒まないこと”を、瞬にしてほしかったのだ。 キスもしてみたい。 それ以上のこともしてみたい。 そうされても拒まずに、むしろ喜んで受け入れてほしい。 それが、氷河の望みだった。 だが、この1年間ずっと、無益なアプローチを間断なく続け、いつの時も瞬を見詰めてきた氷河が、瞬にいちばんに望むこと、本当に望むことは、 「俺は……蛍を見る時に、おまえが笑っていてくれたら……俺はそれでいい」 ――だった。 マシンガンのようなセールストークの後にやってきた、随分としおらしい氷河の“望み”に、瞬がぽかんとなる。 「俺はただ、おまえに寂しそうにしていてほしくないんだ」 「氷河……」 |