というわけで、ハーデスはアンドロメダ島の小さな家で健やかに眠っていた瞬を、北の国の氷の塔に運んでくると、氷河王子の眠るベッドの上に横たえました。 「あら、確かにその子、綺麗な子ね。ほんとに男の子なの」 「ふむ。美形というのにも、色々タイプがあるものだな。これは、タイプが違いすぎて比べようがない」 などと、魔女神と魔神が二人を比較検討していると、魔神たちの声が人間に聞こえるはずはないのですが、ふいに氷河王子が目を覚まし、むっくりとベッドの上に身体を起こしました。 そして、隣りにいる瞬を見て――なにしろ、魔神ハーデスご推薦の美少年です――目をみはったのです。 「こ…これは……」 氷河王子は、もしかしたら女嫌いでも男嫌いでもなく、単にこれまで自分好みの相手に出会ったことがなかっただけなのかもしれません。 (かっ……可愛い !!!! な…なんなんだ、この子は? なんだって急に、こんな俺好みの可愛子ちゃんがこんなところに現れたんだ !? ) 氷河王子は、なまじ学問を修めただけに、メルヘンや魔法とは縁のない世界に住んでいました。 不思議なことなどてんから信じない氷河王子は、この不思議を父王の謀り事だと察しました。 ここで、この可愛子ちゃんの魅力に屈してしまったら、 『日頃の女嫌いも男嫌いも、ただのカッコつけだったんだな、氷河』 と、父王に馬鹿にされることは必定です。 とはいえ、健やかに眠る瞬は氷河王子の理想の具現。 とても、このまま無視することはできません。 プライドと欲望がせめぎ合う中、氷河王子は、 『ちょっと触るだけなら、あのクソ親父にもばれないだろう』 と、自分に都合のいい理由をつけて、その手を瞬の頬や髪に伸ばしました。 氷河王子の自制心は大したことがありませんでした。 最初は頬や髪に触れるだけだったのですが、その指は徐々に大胆になっていき、やがて瞬の薔薇色の唇やほっそりとした首筋にまで伸び始めました。 ところで、美少年は何事につけ敏感なものと相場が決まっています。 深い眠りに就いていた瞬は、氷河王子の接触行為のせいで、やがてぱっちりと目を覚ましました。 そして、見知らぬ男が自分の顔を覗き込んでいるのにびっくり。 ついでに、自分が見知らぬ部屋にいるのに二度びっくり、です。 「こ…ここはどこですか。あなたはどなた?」 「白々しい演技はしなくていい。おまえは、俺の親父の命令でここに忍び込んできたんだろう? 無論、俺はこの国の王子だ。わかっているだろう」 「王子様?」 瞬は、氷河王子のことなんか、ちっとも知りませんでした。 ですが、ここで、 『僕、わかりません』 と言ったら、氷河王子が気を悪くするかもしれないと思い、その件については触れないことにしました。 けれど、何もわからないままでいては、故郷の島に帰ることもできないかもしれません。 ですから、瞬は遠慮がちに尋ねてみたのです。 「王子様がどうしてこんなところにいらっしゃるんですか?」 事情は知っているはずの瞬にそんなことを尋ねられて、氷河王子は少々怪訝な顔になりました。 けれど、あのカミュ国王のこと、事情を説明することもなく、目に留まった美少女を息子のベッドに送り込むということもあるかもしれません。 氷河王子はそう考えて、瞬に事情を説明し始めました。 誰かに自分を知ってもらいたいと思うのは、恋の始まりですね。 「俺の人間嫌いのせい……ということになるかな」 「え?」 人間大好きの瞬には、氷河王子の返答は驚き以外の何物でもありませんでした。 「どーして嫌いなの? 人はみんな優しいでしょう?」 「……そーか? 息子が結婚しないからって、そんなことくらいで親父は俺をこんなとこに閉じ込めたんだぞ? 親父は俺の意思を無視してるんだ」 「王子様の気持ちを無視するなんて、それはいけないことだけど、それは、王子様のお父さんが王子様のことをとても心配してるからなんじゃないかしら……」 「ふん」 国王を弁護するところをみると、やはり瞬は父王の手先のようです。 けれど、氷河王子は、それでも瞬を不愉快に思うことはできませんでした。 なにしろ、とにかく瞬は氷河王子の好みのタイプでしたから。 「好きでもない女と国のために結婚なんかしたら、俺だけでなくその相手も不幸になるだろうが」 「あ、じゃあ、好きな人が現れたらちゃんと結婚しますから、それまで待ってくださいって、お父さんにお願いしてみたらどうですか?」 「…………」 あの偏屈国王の手先にしては、実にまっとうな意見です。 しかし、息子の意思も都合も完全無視で、『王子の義務だから結婚しろ』一点張りの父王が、息子のそんな言い分を聞いてくれるでしょうか? 『ほぉ、好きな娘が現れたら結婚するとな。で? それは50年後のことなのか? それとも、100年後のことなのか?』 なーんて、皮肉を言って冷笑するのが関の山。 氷河王子には、そうとしか考えられませんでした。 「あのクソ親父は、そんな理屈をきくようなタマじゃない」 「一生懸命お願いしたら、きっときいてくれますよ。だって、王子様は、王様の大事な息子さんなんでしょう?」 あのクソ親父が、俺のことを『大事な息子さん』なんて思っているものか! ――と、氷河王子は瞬に毒づこうとしたのです。 しかし。 「ね?」 と言って、小首をかしげてにっこり笑う瞬の笑顔に、氷河王子はくらくらくら。 氷河王子はもう、瞬が父王の手先だろうが何だろうがどうでもよくなってしまいました。 氷河王子は、これ以上ないくらい完全完璧に恋に落ちてしまったのです。 「好きな相手が……見付かった」 「え?」 「今、見付けた」 「どこに?」 きょろきょろ辺りを見回す瞬の肩をがっしりと掴み、氷河王子は真剣な顔で宣言しました。 「あのクソ親父の計略にはまるのは癪だが、おまえが可愛いのは動かし難い事実だ。よかろう、俺はクソ親父の望み通り、おまえとケッコンするぞ!」 「えええええっ !? 」 言うが早いか、氷河王子は早速ベッドの上に瞬を押し倒しました。 「王子様? 王子様、急にどうしたんですかっ !? 」 瞬がびっくりして氷河王子に尋ねると、瞬を組み敷いている男は少々不安げに瞬を見詰めて言いました。 「他に好きな奴でもいるのか」 「ぼ……僕に好きな人がいると、こうなるの?」 「…………」 これは義務教育も何もない昔々のこと、瞬は貧しい生まれでちゃんとした教育も受けていませんでしたし、まだまだ子供な上に、清らかな瞳の持ち主である瞬にそんなことを教えるようなけしからぬ輩は、アンドロメダ島にはいなかったのです。 瞬は一般的な性教育はおろか、特殊な(?)性教育さえ受けていませんでした。 しかし、それは、氷河王子にはむしろ好都合だったのです。 瞬が全く無垢なままだと知った氷河王子は狂喜して――自分に都合のよい性教育を瞬に施し始めました。 「おまえに、俺を好きになってもらいたいから、こうするんだ。そうすれば、俺もおまえもとても幸せになれるだろう。いい子だから、俺の言うことをきけ」 瞬の肩や喉に唇を這わせながら、氷河王子は言いました。 氷河王子のキスのこそばゆさに肩をすくめるようにして、瞬は嬉しそうに言いました。 「僕、王子様のこと、もう大好きですよ。偉い王子様なのに、僕なんかとこうしてお話してくれるんだもの」 「…………」 氷河王子は、これまで、誰かに、こんなに素直に『好き』と言われたことがありませんでした。 『好き』という言葉を、こんなに素直に信じられたこともありませんでした。 これから自分が何をされるのかもわかっていない子供が、澄んだ瞳に氷河王子の姿を映して告げた言葉に、氷河王子は大層感動したのです。 「あ、名前を聞いていなかった」 「瞬です」 「瞬」 「はい!」 返ってくるのは良い子の返事。 氷河王子は、もう、瞬が可愛くて可愛くてなりません。 「瞬。俺以外の奴とこーゆーことをしちゃ駄目だぞ。誰かがおまえをベッドに押し倒そうとしたら、おまえはそいつを跳ね除けなければならん。おまえは知らないかもしれないが、法律でそう決まっているんだ。あ、ついでに神もそう決めているはずだ」 「か…神様が?」 瞬は法律などというものは全く知りませんでしたが、神様は知っていました。 神様がお決めになったことだというのなら、人は従わねばなりません。 瞬はとても真剣な顔で氷河王子にこっくりと頷き、頷いた瞬を、氷河王子はしっかりと抱きしめました。 氷河王子はもちろんすぐに、瞬が男の子だということに気付きましたが、それが何だというのでしょう。 そんなことは、この燃えるような恋(と欲望)の前では、何の障害にもなりえません。 氷河王子は、すっかり瞬に夢中でした。 |