かくして、氷河王子の瞬捜しの旅は始まったのです。



手掛かりは『瞬』という名前だけ。
その可愛らしい風情だけ。
それ以外には、年も、身分も、家族の有無も、故国がどこなのかも、電話番号も生年月日も血液型すらわかりません。

けれど、氷河王子は『何もわからない』などというくだらない理由で、瞬を諦めてしまうことなどできなかったのです。




氷河王子は必死に瞬を捜してまわりました。

西の国にも行きました。
東の町にも行きました。
北の果てにも、南の大陸にさえ渡りました。

しかし、瞬には会えません。

それまで強大な国の王子として何不自由ない暮らしをしてきた氷河王子は、色んな書物でたくさんのことを学び、自分は随分と利口な人間だと思っていたのですが、それはとんでもない話でした。

瞬を捜す旅の中で、氷河王子は書物などでは知り得ない、多くのことを学びました。

国の統治者の器量によって、庶民の暮らしがいかに違ってくるか。
貧しい国の民の悲惨な生活。
貧困の中で善良な者もいれば、金持ちのくせに詐欺を働く者もいました。

氷河王子の持ち物を盗もうとした者を捕えてみれば、それは病身の母を抱える孝行息子だったり、慈善家の顔をした町の名士が泥棒の親玉だったり、警官が万引き常習者だったり、聖職者がハーレムを作っていたり。

世の中は、書物にあるように、理屈で割り切れるものではないのだということを、氷河王子は身を持って学ぶことになったのです。

しかし、氷河王子が旅を続ける中で最も辟易したことは、世の中には、自分がとても美しいと自惚れている人間が五万といるということでした。
そして、無責任な噂の多さでした。

東の国の王子様はとても美しいという噂を聞きつけて見に行ってみれば、これが瞬とは似ても似つかない不細工さ。
周囲の者に持ち上げられていい気になっている馬鹿王子。

西の村にその国いちばんの美少年がいるという噂を聞いて訪ねてみれば、それは瞬どころか氷河王子の100分の1倍程度の美少年。
美の持ち合わせが少ないだけのガキだったりしました。

見知らぬ町に行って、通りすがりの洟垂れ小僧に、
『この国でいちばん可愛い男の子はどこにいる?』
と尋ねれば、その洟垂れ小僧が臆面もなく、
『そりゃ、俺のことだろ』
と答えるのです。

氷河王子はうんざりしていました。


足を棒のようにして、町から町、国から国、大きな都から辺鄙な山奥の村までさすらって、それでも瞬には巡り会えません。
世界の広さを実感しながら、それでも、氷河王子は愛する瞬ともう一度××するために――もとい、愛する瞬をその腕に抱きしめるために――辛い旅を続けました。


恋の力は実に偉大――と申せましょう。
王子として何不自由なく暮らしてきた氷河王子が、どんな苦労にも挫けることがなかったのは、一重に、瞬の優しい面影と、この世のものとも思えない瞬との××の思い出に支えられてのことだったのです。






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