「人間って、やっぱり、長いこと閉鎖された空間にいると、どっかおかしくなるんだよ」
「…………」
一見無表情・無感動に見えるが、氷河がショックを受けていることは、瞬にはわかりすぎるほどわかっていた。
傷心の氷河に、瞬が気遣わしげに言葉を続ける。

「人を傷付けようとして傷付ける人なんかいないよ、氷河」
「…………」

実際、その通りだったろう。
星矢に悪意はなかったのだ。
そして、だからこそ、氷河は傷付いたのだ。

「傷付く方が悪いんだ」
言ってしまってから、それが、自分が星矢の言動に傷付いたことを認めたセリフだということに気付いて、慌てて言葉を付け足す。
「俺は星矢の言うことなんかで傷付いたりはしないが」

「……強がり言わないで」
瞬が、氷河の意地っ張りをたしなめるように、慰めるように、彼を見詰める。

「でも、傷付け合うのは良くないよ。傷付けるつもりがなかった人が誰かを傷付けて、そのことで攻撃されたら、攻撃し返した人も傷付ける側にまわったことになっちゃうもの」
「無意識のうちに人を傷付ける人間は、そのことに気付かせてやらなかったら、自分が人を傷付けていることに一生気付かないままだろう。俺は親切で言い返してやったんだ」
「でも、言い方ってものがあるでしょう」
「はっきり言ってやった方がいいんだ。痛い方が教訓になる」

最初に星矢を傷付けたのは自分の方だということを、氷河はすっかり棚にあげてしまっている。
しかし、瞬は、そのことに言及したりはしなかった。
氷河もまた、悪意はなかったのだ。

「星矢は強いから、それでもいいかもしれない。いつもの星矢に戻ったら、笑いながら、ごめんって言ってくれると思うよ。でも、世の中って、そんな人ばかりじゃないでしょう? 自分を守るために、自分の非より他人の非だけをあげつらう人だっている。それで、氷河が誰かに憎まれるようなことになったら、僕……」

「…………」
瞬が何を懸念しているのかを知って、氷河は、その無用の心配を拒んでみせた。
「世界中の人間が俺を敵と見なしても、おまえが俺の側にいてくれさえすれば、俺はそれでいい」

「……氷河。人は一人ぽっちじゃ生きていけないけど、二人きりでも生きていけないよ」
「それはどうかな」

それが無用の心配なのだと、氷河は心底から信じていた。

「俺は、おまえと二人きりでも生きていける。いや、二人なら生きていける――と思っているぞ」
「氷河……」

恋人に、そんなふうに言ってもらえたなら、普通の人間は喜び浮かれるものだろうか。
しかし、氷河の言葉に、瞬は瞳を曇らせた。






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