マーマ登場! ふたりの夏物語




「というわけで、氷河くんには、教職員一同、大変困っているんです」

ちゅうりっぷ小学校の教職員一同を代表してそう言ったのは、ロシアのお友達の担任でありながら、すっかり無視されまくりのクリスタル先生でした。

夏休みに入ってしばらく経ったとある日曜日。
クリスタル先生は、2学年の教務主任と3学年の教務主任、2年1組の担任であるアルビオレ先生と一緒に、ロシアのお友達の家に家庭訪問にやって来たのです。
ロシアのお友達は、瞬ちゃんと一緒に、夏休み低学年リーダー・キャンプの準備のために、お買い物に行っていました。


ロシアのお友達のお家は、ちゅうりっぷ小学校から歩いて10分ほどのところにある、趣味のいい一戸建てです。
あまり広くはありませんが、バーベキュー・パーティくらいなら余裕でできるほどのお庭と、小さな門がありました。

通された応接室で、先生たちの前のお相手をしているのは、ロシアのお友達と同じ金髪の、それはそれは美人なお母さん。
ロシアのお友達と同じ青い瞳で、流暢な日本語を操っています。






「まあ、そうですの。でも、それは仕方ありませんわ。先日、氷河が瞬ちゃんを家に連れてきて、私に紹介してくれたんですけど、とても礼儀正しくて可愛い子でしたもの」
美人のお母さんは、そう言って、テーブル越しに、クリスタル先生の方に身を乗り出してきました。
「とーってもお行儀がいいから、わたくし、瞬ちゃんを褒めてあげたんですの。そうしたら、瞬ちゃん、何て答えたと思います?」
「は……?」
そんなことを尋ねられても、クリスタル先生にわかるはずがありません。
ロシアのお友達のマーマも、別にクリスタル先生の答えを聞きたいわけではなさそうでした。

「瞬ちゃんたら、お家を訪ねるような彼氏はきっと氷河が初めてだったのね。ちょっと緊張してるみたいな様子で、『よそのお家に行ったら、お行儀よくしてなさいって、僕のお兄さんがおっしゃってました』って言ったんですのよ! 一生懸命敬語を使おうとしてるのが、もーお、可愛くて可愛くて! わたくしも氷河と同じで、一発で瞬ちゃんにノックアウトされてしまいましたわ〜vvv」

「は…はあ……」

なんだか予想していたのとは全然違う展開に、クリスタル先生は戸惑い気味です。
学校の先生が4人も揃って異常事態の改善を求めに来たら、ロシアのお友達のお母さんは恐れ入って、家庭での指導を約束してくれるものとばかり、クリスタル先生は思っていたのです。

「いや、しかしですね。氷河くんは瞬とは学年が違うわけで……」
対応に困ってしまったクリスタル先生に、アルビオレ先生が助け舟を出します。
もちろん、アルビオレ先生の言葉も、ロシアのお友達のマーマは聞く気がないようでした。

「それに、なにしろ、わたくしって、早くに愛する夫を失いましたでしょう」
「そ…それは、お気の毒ですが、それとこれとどういう関係が……」
「ですから、愛する人との別れはいつ訪れるかわからないから、好きな子ができたら、あとで後悔したりすることのないように、絶対に離れないで大切に大切に愛してあげるのよ! と、わたくし、毎日氷河に言いきかせてまいりましたの」
「は…はあ……」

こと、ここに至って、アルビオレ先生とクリスタル先生は悟ったのです。
すべての元凶は、この、一見楚々とした金髪美人にあったのだということを。

「それに氷河は、今度のキャンプで、瞬ちゃんにカッコよくプロポーズするんだと言って、今、一生懸命日本語の勉強をしておりますの」
「はあ」
「わたくしも、キャンプファイアーの炎の明るさがちょっとだけ届く暗がりなんかが、プロポーズポイントとしては最適だと、アドバイスなどしておりますの」
「…………」
アルビオレ先生たちは、そろそろ言葉が出てこなくなってきました。

「先生方! 先生方も、氷河の愛が実るように協力してやってくださいましね! 氷河が瞬ちゃんを暗がりに連れ込もうとした時には、効果的なBGMを流して、場を盛り上げてやってくださいましね! あの子は父親の顔も知らない不憫な子で、わたくしはあの子の幸せだけを願って生きておりますのよ…… !! 」

見た目だけは楚々とした美人の未亡人に、目の前でさめざめと泣かれてしまっては、先生たちも、
「ご…ご期待に沿えるよう頑張ります……」
としか、答えようがありません。


クリスタル先生たちは、ロシアのお友達のマーマの前に完全敗北。
肩を落として、ロシアのお友達のお家を後にしたのでした。






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