ワラキア公国の首都トゥルゴヴィシュテの街を脱出するのは、ヒョウガが思っていたよりずっと容易だった。

トルコ軍の総攻撃は、シュンとヒョウガが公宮を出るのとほぼ前後して始まった。
既に兵のほとんどを失っていたワラキアの公宮が落ちるのに、大した時間はかからなかったろう。

ワラキア公国の有名な公子の姿が公宮内から消えていたことは、トルコ全軍に即座に触れられたはずである。
実際、逃亡した第二公子を捕らえるためのトルコ軍の包囲網は、水も洩らさぬものだった。
だが、その包囲網にヒョウガとシュンを洩らすほどの隙間はあった――のだ。

ヒョウガの採った逃亡の路にいるトルコ兵は、皆が皆、まるでシュンとヒョウガの姿が見えていないかのように、ドイツ商人を装った二人を見過ごしてくれた。

ヒョウガとシュンがワラキア公国本国を抜け、旧モルダヴィア公国領に入ったのは、二人がワラキア公宮を出てから5日後。
その間、ヒョウガは、一度も剣を抜くことはなく、また馬を疾駆させての立ち回りを演じることもなかった。






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