「……言葉って、やっぱり魔力を持ってるみたい」

瞬は、愛の言葉を囁かれるということが――氷河に囁かれるということが――、これほどまでに緊張を強いられるものだとは思ってもいなかった。

その緊張から解放されるまでに、瞬はかなりの時間を要した。
“言葉”だけに酔わされていたのではないことは、瞬にもわかっていたのだが。

「俺の指ほどには」
「そうだね」

氷河の唇が、再び瞬の耳許におりてくる。
言葉と、眼差しと、身体と、行動と――それらのすべては、自分の内にある何かを他者に伝えるために存在するのだ。

「じゃあ、そっちの魔力を見せて」
「いくらでも」

氷河が、瞬の望みを叶えるためにその身体を抱きしめてやると、瞬はなぜか、まるで捨てられた子猫の眼差しのようにきつく氷河の首筋にしがみついてきた。
そして、やはり、主人に見捨てられることに怯える子猫のような声で、囁く。


「それでも、きっと、言葉は大事なの」

「こうして抱き合うことも大事なの」

「……何よりも大切なことを伝えようとして、人はもがいているのかもしれないね」

氷河の指のせいで、瞬の瞳は熱を帯び、その唇からは喘ぎが洩れ始めていた。
喘ぎに混じる瞬の“言葉”を聞いて、氷河はやっと理解したのである。

瞬は、言葉が欲しかったのではない。
氷河の伝えたいことが瞬に伝わっていなかったのでもない。

伝えたいことが伝えたい人に伝わっていないのではないかと不安になっていたのは、瞬の方だったのだ。
氷河には、それはひどく意外なことだった。
瞬ほど素直にその内面が表情に表れている人間を、氷河は他に知らなかったし、もちろん、その上で氷河は瞬を好きになったのである。

「おまえの伝えたいことは何だ?」
氷河はその唇で、瞬の唇をなぞりながら、からかうように尋ねた。

そして、瞬の開きかけた唇から発せられるはずだったその答えを、唇で受けとめ、瞬に伝える。


『その答えを俺は知っている』


言葉ではなく、言葉よりも雄弁な、言葉よりも強く深いもの。


氷河の、思いを伝える術は、彼が瞬から伝え教えられたものだった。






Fin.






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