それは、瞬の左の胸に、まるで心臓を掴みあげる悪魔の手のように貼り付いていた。 木の枝の姿を模したような、金色の痣――。 氷河の目に、それは、手術の跡のようにも見え、また、悲痛な傷痕のようにも見えた。 既に嘆きの声を発することすら諦めてしまったような瞬は、横を向いたまま、堅く目を閉じている。 「瞬……これは何だ……」 「…………」 「瞬」 無理に答えさせるのも無慈悲な思いがして、氷河は、それ以上は何も言わずに瞬の答えを待った。 やがて、長い沈黙に耐えられなくなった体ていで、瞬が掠れた声で呟くように言葉を形にする。 「ハーデスが……残していった護符」 「ハーデスの――護符?」 もう話題にのぼることもないだろうと思っていた名を聞かされて、氷河は眉をひそめた。 はだけられたパジャマの前を閉じ、瞬が、後ずさりするようにして氷河の腕から逃れ、ベッドに上体を起こす。 「沙織さんが言うには、これは冥界の通行証のようなものだろうって」 瞬らしくなく抑揚のない声。 それは、まるで、他人の書いた手紙を棒読みしているような口調だった。 「ローマを建国したアエネアスは……生きたまま冥界に入るために、シビュラの巫女に黄金の枝を貰ったんだって。それがあれば、生きている人間が本来渡ることのできないアケローンの河を渡ることもできるし、エリシオンの野にも行ける。ハーデスは――だから」 ハーデスは、いつか再び、瞬を自分の依り代として復活するつもりだとでもいうのだろうか。 「沙織さんは、これは、ハーデスのただの意地の悪い悪戯か悪足掻きだって言ってくれたよ。けど、でも、もしかしたら、そうじゃないかもしれない。ハーデスは本当にまた僕を冥界に引きずり込むつもりなのかもしれない……」 「瞬……」 「だから……氷河には知られたくなかったの。余計な心配かけたくなかったの」 「心配どころじゃない。僕はまた、みんなに迷惑をかけることになるかもしれない。みんなを苦しめることになるかもしれない。僕はまだ、ハーデスの支配から完全に逃れられていないんだ」 「今、こうして氷河と話してる僕だって、ほんとに僕自身なのか、ハーデスの手の中で、束の間の自由を与えられているだけの人形なのか、僕にはわからない――」 辛い告白を済ませると、瞬は、パジャマの襟元を掴んでいる指先に、悲しいほどに力を込めた。 |