半獣奇譚


〜 ヒヨリ。さんに捧ぐ 〜







長和5年(1016年)。
藤原道長が摂政となった年である。

氷河の腹違いの兄、安倍吉平と安倍吉昌が彼の許を訪ねてきたのは、その年の、とある冬の日の夕暮れだった。

共に宮廷の陰陽寮にそれ相応の地位を持ち、彼等の父・安倍晴明亡き今は、当代でも屈指の陰陽師として名を馳せている兄たちである。
母親が違うせいか、普段は全く行き来のない、かと言って仲が悪いわけではない二人の兄。
父が残してくれたささやかな領地からのあがりで暮らしていることになっている氷河が、不自由のない暮らしをしていられるのは、何を隠そう、彼等のおかげだった。

もっとはっきり言うならば、彼等が持ってきてくれる仕事のおかげだった。


「おまえがいちばん父上の力を受け継いでいる」

彼等は、20以上も歳下の弟の許に厄介な仕事を持ち込むたび、彼にそう言った。
天文道や暦法の知識に秀で、天体の運行や卜占に関してなら、陰陽博士として申し分のない仕事をこなせる彼等も、実は霊験能力は皆無。

彼等が氷河の力を請いにやってくるのは、彼等の手には負えない怪異絡みの事件が起こった時――と相場が決まっていた。



東(青龍)に鴨川、西(白虎)に山陽道と山陰道、南(朱雀)に巨椋池、そして北(玄武)に船岡山。
災厄を受けず、人々が幸福に暮らせると言われている、四神相応の地、京。
事実、この平安京は栄えていた――貴族の暮らしぶりは華やかなものだった。
が、人々を脅かす怪異な現象が頻繁に起こるのもまた、この京の町。

おかけで食うに困らない生活をしていられる氷河としては、京の町に巣食う魑魅魍魎様々ではあったのだが。






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