入学式も無事に終わり、明日からの学園生活への希望と幾許かの不安とを我が身と共に真新しい制服に包んだ他の新入生たちは、三々五々帰路についている。

瞬は新入生たちのその群れの中には紛れずに、光星学園高校に一緒に入学した星矢と、理科実験準備室にやってきていた。

アルコール・ランプやビーカー、レンジ、小型の冷蔵庫、保温器。
理科実験準備室にありがちな実験器具が並ぶその部屋の中には、なぜか、応接室あたりから払い下げられたらしい長椅子やテーブル、果てはコーヒーメーカーやカップ麺の類までが揃っていた。

『あそこには、俺が卒業した後の学園の顔役たちがいるから、式が終わったら顔を出しておけ』
と、一輝に言われていた瞬と星矢は、入学式が済むと、てこてこ、そこまでやってきたのである。
卒業するまでは、一輝もこの部屋の住人だったらしい。


「ああ、来たな。一年坊主たち」
理科実験準備室には、見慣れた顔が一つと、瞬の見知らぬ顔が一つあった。

見慣れた顔の方は、瞬と星矢の幼馴染みで、小学校の4年間と中学の1年間を同じ学校で過ごした紫龍。
見知らぬ顔の方は、妙に目付きの鋭い、金色の髪と青い瞳の持ち主だった。

「一輝の奴が、ここにいる野郎共に渡りをつけておけば、ガッコー生活が快適になるって言うもんだからさー。で、めでたく、紫龍と氷河がこのガッコの番長の座を襲名したわけ?」
「随分とクラッシックな肩書きだな。俺は、この学園の生徒会長サマだぞ。入学式では、おまえらを歓迎する挨拶をしてやったじゃないか」
「わりー、寝てたから聞いてなかった」

冗談ではなく、式の間中、本当に健やかに寝入っていた星矢を横で見ていただけに、瞬は今ひとつお気楽に笑ってしまうことができなかった。
新入生たちが緊張した面持ちを並べている中で、星矢は軽い寝息さえたてていて、隣りにいる瞬は、式の間中ずっと、はらはらし通しだったのである。

「ふーん。紫龍が生徒会長サマなら、氷河の方は学園のアイドルか何かなわけ?」
瞬は初対面のもう一人の学園の顔役を、星矢は知っているらしい。

星矢にそう問われた当の本人は全くの無表情でソファにふんぞりかえっていたが、新入生たちのためにコーヒーをいれてくれていた紫龍が、星矢の言葉に吹き出した。
「この変人がアイドルになれる学校があるのなら、ぜひとも行ってみたいもんだ」

もう少し優しい雰囲気をまとっていたら、学園のアイドルも十分に務まりそうなのに――と思いながら、瞬は星矢に尋ねた。
「星矢、知ってる人?」

瞬に問われた星矢が、不思議そうに首をかしげる。
「あれ、おまえ、氷河に会うの、初めてだったっけ? 俺、結構前に、一輝から、しょーもないクソ野郎だって紹介されたことあったぞ」

「まあ、氷河は瞬とは正反対の価値観を持った奴だからな。俺が一輝でも、この氷河を瞬に引き会わせようとは思わんだろう」
紫龍の言葉に、星矢が納得して、大きく頷く。

言われている当人は――やはり無言で無表情だった。

「んでも、氷河、おまえ、ちゃんとガッコー来てたんだな。サボってばっかだって聞いてたけど。ガッコーなんて生きてくのに必要ないもんじゃん?」
「ここは、エサを食っていけさえすればいい、シベリアの雪原やアフリカのサバンナとは違うからな」
「さすがの氷河も、卒業証書は必要かぁ」

本人を無視して、星矢と紫龍はどんどん会話を進めていく。
二人の話に入っていけない瞬は、ちらちらと、無愛想な上級生に視線を投げていた。
彼に、睨みつけられているような気がしてならなかったから、である。

そんな瞬に気付いて、星矢がやっと、学園のアイドルになり損なっている上級生を、瞬に紹介してくれた。
「あー、瞬。こいつ、氷河って言うんだ。半分ロシア人な。紫龍とおんなじ学年で、『生きていくのに必要なことしかする気はない』が口癖の変な奴」
「ゲージュツ音痴を正当化するための開き直りとしか思えんがな」

何を言われても、彼は無言である。
自己弁護は生きていくのに不必要だから――なのかもしれなかった。


「氷河、これが一輝の弟の瞬だ。悪いことは教えるなよ」

「初めまして。僕……」

彼の、整いすぎるほどに整った端正な顔立ちがうっとりできる種類のものになっていないのは、まるで野生の肉食獣のように鋭い眼光のせいだった。
その視線に身体をすくませ、彼に狩りの意思があるのかどうかを窺う草食動物のようにびくびくしながら、瞬が名を名乗ろうとした時、

「これが、あの一輝の弟だと? 両親が違うのか?」

――という声が、瞬の上に降ってきたのである。

「本当に、これが、あの馬鹿野郎と血がつながっているのか?」


『似ていない』というセリフは言われなれていたが、両親が違うのではないかとまで言われたのは、瞬はそれが初めてだった。






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