「さ…差し出しちまった……。お……俺ぁ、知らねーぞ……!」
「言っておくが、俺のせいでもないからな……!」


これはもう、アンパンどころの話ではない。
氷河は、一輝が、その全人生を傾けて慈しんできた唯一の宝を、彼の手から掠め取ろうとしているのである。

血を血で洗う非情な闘いの勃発現場に、星矢と紫龍は立ち会っていたのだ。


「今度こそ、一輝に殺されるぞ、氷河の奴」
「弱肉強食が世の習いだから、それも仕方ないんじゃないか? でも、案外、氷河の方に分がありそうな気もするけどな」


深刻なのかふざけているのか、自身でもわからないほどに、星矢と紫龍は、今後の展開を憂い、そして、現状を喜んでもいた。


瞬の(身はともかく)手が差し出されたなら、この不幸な友人の魂は必ずや救済されることになるだろう。
その後に訪れる最終聖戦など、瞬を得た代償と思えば、乗り越えられない苦難でもあるまい。

そして、自分たちは、あくまでも中立を保てば、大きな戦禍が及ぶことはあるまい――と、彼等は楽観することにしたのである。


瞬に諭されるようにして焼き菓子を食べ始めた氷河の姿を確認すると、星矢と紫龍は、二人の邪魔にならないように、黙ってその部屋を後にした。






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