「瞬! 気がついたのか!」

瞬が意識を取り戻したのは、医療センターの寝台の上。
記憶が少々混乱している瞬の顔を覗き込んできたのは、こめかみの辺りに絆創膏を貼られた天馬座の聖闘士だった。

「僕、どうしたの?」

「ああ、例によって、一輝が出て来て、おまえを攻撃してた奴等を倒してくれたんだ。ったく、どーせ来ないでいられないんだったら、最初っから参戦してくれりゃあいいのにさ」
星矢の声が大きいのは、瞬に説明するためというより、彼の後ろで仏頂面をしている一輝を皮肉るためだったらしい。

いつもなら闘いの終わりと共に姿を消してしまう兄がその場にいることに、瞬はかえって不安を覚えた。

「あの子は」
「大丈夫よ。氷河がちゃんと守ってくれたから」

沙織の言葉に安堵した瞬の中に、また別の疑念が浮かんでくる。
あの少女が無事だったというのであれば、第三者を巻き添えにしてしまったことを嘆く弟を慰めるために、兄はこの場に残ったのではない――ということになるではないか。

「氷河は……?」
仲間たちに、いつもなら、今兄のいる場所にいる人物の所在を尋ねる。

「あ……氷河か。氷河は――」

星矢と紫龍が顔を見合わせた横から、一輝の素っ気ない声が降ってきた。
「あの子供を救い出そうとしているうちに、また、俺がおまえを助けてしまったからな。どこかで拗ねてるんだろう」

「そんな……」

瞬が眉根を寄せると、実に微妙なその場の空気を振り払うようにして、星矢がまた病室に大きな声を響かせた。
「氷河の奴、一輝の顔を見るなり不愉快そうな顔になってさぁ。どっかに姿をくらましちまったんだ! また、シベリアにでも引きこもっちまったんじゃないのか?」

「心配するな。そのうち帰ってくるさ」
星矢の言葉を受けて、紫龍が穏やかな微笑を見せる。


ありそうなことだ――と瞬は思ったのである。
だから、瞬は、気付かなかった。

無益な闘いの直後だというのに星矢がはしゃぎすぎている訳。
女神の聖闘士たちの後ろで沙織の瞳が曇っていること。
そして、一輝が、いつものように仲間たちの前から姿を消してしまわない本当の理由にも――。


「帰ってきたら……お礼を言わなくちゃ」


翌日には病院を出て城戸邸に戻った瞬に、しかし、それからずっと、氷河からの連絡が入ることはなかった。






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