突然、木々の生い茂る庭のどこからか、子供の悲鳴が聞こえてきた。

「? 何だ?」
「あっちの方!」

仮にも正義の味方を商売にしている二人である。
誰かの危機には飛んでいく癖がついている。

二人は、悲鳴の聞こえた方へと脱兎のごとく駆け出し、そして、実にあっさりと声の主を見つけた。が、見つけた二人は、そこで、とんでもないシーンに遭遇してしまったのである。

とんでもないシーンというのは、つまり、屈強な男たち数人が一人の子供を手込めにしようとしているシーンである。
男たちは、その身なりからして奴隷か下級官吏、襲われている子供の方は、相当高い身分の貴族の子弟のようだった。

「来るなりこれか。どういうところなんだ、ここは」
氷河は思い切り呆れてしまったのだが、ともかく、こういうシーンを瞬の目の前で展開させておくわけにはいかない。
彼は速攻で、無体なことをしている男たちをその子供から引きはがし、殴り倒した。
男たちは、おそらく自分たちが誰に何をされたのかもわからないまま、地べたにひっくりかえったに違いない。

「大丈夫か」
「ありがとう、イア……」

青ざめた子供は、差し延べられた氷河の手にすがろうとして、どうやらその手が自分の思っていた人物のものとは違うことに気付いたらしい。
氷河の手を借りずに立ち上がると、乱れた衣服を慌てて直した。

「? あなた方はどなたですか?」

例によって、ここも聖闘士星矢界の常識がまかり通る世界らしく、言葉が通じる。
たった今まで数人の男たちに強姦されかけていた子供にしてはしっかりとした口調で、その子供は逆に氷河に尋ねてきた。

氷河には、その子供がこういうことに慣れている――のだとしか思えなかった。



「セケムケト様!」

そこに、もう一人の登場人物が現れる。
20代半ばほどの若い軍人のようだったが、彼は強姦未遂の加害者たちと、被害者の脇に立つ不思議な格好をした二人に不審そうな視線を投げてきた。

「イアフメス、この二人が助けてくれた」
「助けて……? それは失礼いたしました。ありがとうございます、王に代わって礼を言います」

「セケムケト?」
「王?」

紫龍の欠陥マシンは、しかし、機能だけは信頼できるものらしい。
氷河と瞬は、確かに目的の時代に着き、しかも、最初から目的の人物に出会うことができたようだった。

にしても。
二人の前にいる王様は、その名に反して、随分と可愛らしい王様だった。
王だと知らされなければ、二人は、そもそもそれが少女ではなく少年だということすらわからなかったかもしれない。

『強靭な身体』を意味するセケムケトの名が、これほどふさわしくない王もいないだろう。

瞬と大して変わらない年格好で、エジプト人にしては白い小麦色の肌、暗褐色の、これまたエジプト人には珍しく少し緩やかなウェーブのかかったやわらかそうな髪。
上半身をほとんど覆うほどの幅の肩紐と、膝まである腰巻布を着けた姿は、スカートをはいている少女のようにしか見えなかった。

対して、イアフメスと呼ばれた軍人は、浅黒い肌と漆黒のストレートの髪を持った、典型的なエジプト人である。
身体を鍛えてあることは、何にも覆われていない上半身の筋肉の付き方からして一目瞭然、書記や官吏ではなく、王の警護を役職としている男なのだろう。


「なんだか……女の子みたいに華奢な王様だね」
瞬にそれを言われてはおしまいだという気もしたが、実際、そう言われてもいたしかたないような王様ではあった。

が、そんなことよりも何よりも。
氷河には、この好機を逃さずに、しておかなければならないことがあったのである。

すなわち、
「礼が欲しくて助けたわけじゃないんだが、俺たちを1週間ほどここに住まわせてくれないか?」
――食料とねぐらの確保である。


氷河の願いは、至極あっさりと聞き届けられた。






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