氷河と瞬が王の居室に飛び込んだ時、既に事は終わってしまっていた。 王の寝台の横に、神官らしい男が胸から血を流して仰向けに倒れている。 血で濡れた剣を持ったイアフメスが、その脇に立っていた。 「大丈夫です。不届き者はもう私が始末いたしました」 王は寝台の隅で身体を縮こまらせて、唇を震わせている。 その枕許に刺客が持ち込んだらしい短剣が落ちていた。 かわいそうなほどに震えている王を眺め、氷河は同情の念を深めた。 これが瞬なら、問答無用で抱きしめてやるところである。 が、王の思い人は、哀れな恋人には目を向けず──おそらくは、無理に視線を逸らして──自分の足許に倒れ伏している刺客ばかりを睨んでいた。 「なぜだ。セケムケト様は王だぞ。神なのに、なぜその身に害を為そうとするんだ……っ!」 呻きに似ていた。 悔しいのだろう。 自分にとって神であるものが、他人にとってはそうでないということが。 「神でも王でも無力だからだろ。この子は、貴様がいなきゃ自分の身ひとつ守れない、ただの子供なんだよ」 「氷河……!」 氷河が誰に憤ってそんなことを言うのかはわかっていたが、瞬は彼の言葉をたしなめた。 それから、王の命を守るために剣を振るった護衛に向き直る。 「あのね、イアフメスさん。腹立ちはわかるけど、今は……王様を抱きしめてあげたら? 震えてるよ」 「そのような畏れ多いこと」 この期に及んでも、そんな馬鹿げたセリフをほざいているイアフメスをなじるために、氷河が口を開きかけた時。 氷河より一瞬早く、その場に言葉を響かせたのは、この国のただ一人の王だった。 それまで、ただただ震えて、すがるような視線をイアフメスに向けているばかりだったセケムケトが、床に倒れている刺客を一瞥してから、呟きのような声を洩らした。 「……いらない」 「え?」 瞬が、寝台の上の王を振り返る。 「イアフメスの警護などもういらない」 「セケムケト様 !? 」 今頃になって、イアフメスは初めて真正面から王に視線を向けた。 「僕は――余は、余の命くらい自分で守る。イアフメスが側にいると苦しいばかりだ。そなたはもう、出仕に及ばぬ」 「なぜ、そのようなことを仰せになるのです! 不届き者は次から次へと王を狙ってまいりましょう!」 唇を噛みしめた王は、おそらくこの王宮内で彼が唯一信頼できる忠実な家臣に、首を横に振ってみせた。 「守り切れなかったら、死ぬ。王として死ねば、余は永遠の命を得られるそうだから、怖れることなど何もあるまい」 「セケムケト様!」 「そなたはそれを望んでいるのであろう。余が王として死んで永遠の命を得ることが、そなたの望みなのだろう。そんなもの、余は欲していない。余の欲していないものを守る者など、余には無意味だ。去れ」 セケムケトの言葉は、おそらく、これまで耐えに耐えてきたものが限界を超え、溢れ出してしまった故のものだったのだろう。 「セケムケト様……」 王の言葉に呆然としていたイアフメスが、それでも王の命令に従って、その場を立ち去ろうとする様を見せられたところで、氷河と瞬に我慢の限界が訪れた。 |