3年前、地上はかつてないほどの混乱に見舞われていた。

暴動、殺人、強奪、放火、テロ。
犠牲者の数は十億単位にのぼり、集団自殺も相次いだ。
集団ヒステリーと言って差し支えない状態だったろう。
“ヒステリー”の一語で片付けてしまうには、あまりに悲惨な状況だったが。

人々が、それらの行為を無意味だと悟るまでの2年間ほど、地上はまさに地獄絵図の様相を呈していた。
それは、神の力などでは――まして、聖闘士などの力などでは――収拾できるものではなかった。

今は、一時のパニックが嘘のように、世界はしんと静まりかえっている。



パニックの犠牲者たちの中には、氷河と瞬の友人たちも数多く含まれていた。
誰もが、誰かの命を救うために、その命を失っていった。

一時の混乱が沈静化すると、地上は、取り残された無力な者たちであふれていた。
生き延びた者たちは、そして、互いに支え合うことを始めたのである。

瞬と氷河も、荒廃した都市を逃れ、“星矢”に託された星矢を育てるのに適した環境を求めて、この郊外に小さな家を手に入れた。


「長い時間、無駄に足掻いて、流す必要のなかった血を流して、やっと気付いたんだね」

静かになった世界で、失ったものの大きさと重みを噛み締めるように、瞬は呟いた。

「みんな、自分のいちばん大切な人のところに帰っていったのさ」
「みんな、いちばん大切なものが何なのかを思い出したんだよね」


彼等は、決して、すべてを諦めたのではないと、瞬は思っていた。

今は、ほとんどの家庭に星矢のような子がいて、家族というものを構成している。

人の心は優しくなってきている。
皆、今度こそ、間違えないように生きていこうとしているのだ。


幸いなことに、そして悲しいことに、数年間の暴動で人口が激減したために、あれほどの恐慌の後だというのに、生き残った者たちが食料の欠乏に苦しむことはなかった。

瞬は、あの悪夢のような時間は、レミングの集団自殺のようなものだったのではないかと、時折思った。
大量に死に向かい、結果的に種の存続の貢献するレミングたちも、本当は自らの死を意図しているのではなく、自身が生きるためにその行動を起こすものらしいが。






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