閉じられた暗い空間に響く俺の声は、妙な熱を帯びていた。

「おまえを見ていると――その可愛い顔に熱湯でもかけてやりたくなる」

そうすれば、おまえの表情に惹かれて近付いていく奴等はいなくなる。

だが、それだけでは不足だ。
瞬は外見が綺麗なだけの人間じゃない。
その優しい表情だけが人を惹きつけるわけじゃない。

「世の中の醜いものを目一杯見せつけて、裏切り、傷付けて、おまえの心をすさませてしまいたくなる」

それだけでも駄目だろう。
だいいち、瞬は、そんなことでは自分を変えそうにない。

「いっそ、その手足を切り落として、人前に出られなくしてやってもいい」

そうしたら瞬の身体だけは、俺の好きにできるかもしれない。 
だが、心が残っている。

「おまえを食い尽くして、その存在自体を消し去ってやりたい」

そうすれば、おまえは誰の目にも触れない。
誰も見ない。
誰にも気にかけられず、おまえの心と目も、誰も見なくなる――。


「氷河……」

俺にそんなにまで“嫌われて”いる訳が、瞬にはわからなかったらしい。
ということは、少なくとも瞬は、俺を、瞬の努力を蔑視する“馬鹿共”の中に分類することはせずにいてくれたわけだ。

「本気だぞ」
追い討ちをかけるように、俺は言葉を重ねた。

「う…ふ……」
瞬が、笑い声のようにも聞こえる声を、喉の奥から発する。
事実は――瞬は、泣いていた。

「嫌われ慣れているんだろう」

世の中は馬鹿ばかりだ。

「慣れてるよっ! 嫌われることにも、裏切られることにも、世の中が僕の思い通りにならないことにもっ」

「……そうか」

慣れているから優しくできるのか。
瞬は強いのか――。

嫌われ、裏切られて、傷付くところを通り過ぎ、そんなことは恐くなくなった――というわけだ。

「なら、なぜ泣く」
「悲しいからだよ」
「慣れてるんだろう」
「慣れてるからって、嫌われることに無感動でいられるほど、僕の心は死んでない……!」

――普通は諦める。
強くない人間は、早々に。
それ以上傷付くことを恐れて。

瞬は強い。
俺が惚れるわけだ。


「嘘……」
瞬がまた、小さな声を洩らした。

「ん?」
「……だからだよ」

運転者の上体が前のめりになり、瞬がその額をハンドルに押し付ける。

「僕がこんなに悲しいのは、」

瞬は、実にあっさりと、自分が運転者であることを放棄してくれた。

「僕を嫌ってるのが、氷河だからだよ……っ!」


そして。
当然の結果として、俺と瞬の乗った車は、中央分離帯と車線を3つ乗り越え、高速道路の両脇に長々と延びていたコンクリートの壁に激突した。






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