「おまえはなぜ、俺を受け入れるんだ? 俺はおまえを好きでも何でもない。むしろ憎んで……」
――憎んでいると、おまえは思っているはずだ。


俺がその理由を尋ねたのは、あの事故からひと月以上が過ぎた、ある朝のことだった。
その頃には、俺も瞬もすっかり大胆になっていて、城戸邸に誰がいようと、夜はふたりで過ごすようになっていた。

朝が苦手な俺は、昨夜ほとんど寝ていないせいもあって、思考回路もあまり明瞭な状態ではなかった。
やはり瞬は麻薬のようなものだと、頭のどこかで考えていた。


「もしかして……まだ気付いてないの?」
瞬が、俺とは反対に、明確な発音で問い返してくる。

「何をだ」

俺が反問すると、瞬は、俺の横で呆れた顔になった。
それから、急に言葉を澱ませ始めた。

「氷河はその……ね、あの……僕の中に入ってくるとね、必ず、僕の名前を呼ぶの」
「…………なに?」
「そしてね、僕を好きだって言うんだよ」

俺は、一気に目が覚めた。

俺とは逆に、瞬が恥ずかしそうに毛布の中に潜り込んで、顔を半分隠す。
「事故の時は、聞き間違いかと思った。僕も、その……平常心じゃなかったし」

ちょっと待て。

「だから、確かめたくて……。確かめたら、もうためらう必要なんてないでしょう?」

俺は混乱しながら、ベッドの上に身体を起こした。

俺は今、相当間抜けな顔をしている。
それは確かだった。

つまり、何か?
俺は、“平常心”じゃなくなるたびに毎回、瞬に“アイのコクハク”とやらをしでかしていたということか?

二の句が継げずに黙り込んでしまった俺に、瞬が少し不安そうに尋ねてくる。
「あの……あれが、氷河の癖……なんてことはないよね?」

「……この俺が、寝た相手に毎回好きだなんて言ってやるサービスなんか心得ているものか」
それだけ答えるのが精一杯だった。

瞬の瞳が、安堵の色を浮かべる。
「よかった。だと思ったんだ。だってね、氷河ってば、そのたんびに、俺だけのものだだの、誰にも渡さないだの、僕が恥ずかしくなるようなことばっかり言ってね……」


俺は、思いっきり、これ以上ないくらいに目が覚めた。

この俺が、そんなクサいセリフを、瞬に毎回――瞬と寝るたびに繰り返していたのか !?
散々、悪態をついておきながら、ベッドに入った途端に、『おまえは俺だけのものだ』だと !?

そんなことを聞かされて、これが平常心でいられるか!






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