「昨日と今日とで何が違うわけでもない。いったい何を浮かれているんだ」

主語は、おそらく、『俺以外の世界中の人間は』だったに違いない。

21世紀に入って幾度目かの元旦。
世の中は正月ムードであふれていた。


「明けましておめっとーさーん」
「おめでとう。今年もよろしくな」
「明けましておめでとう。今年も平和な1年だといいわね」

星矢、紫龍、沙織の『おめでとう』連呼のみならまだしも、そこに、いつのまに戻ってきたのか、瞬の兄の『貴様の頭は今年もめでたいままか』が加わってしまったせいで、氷河は、新年から不機嫌を極めつくしていた。

なにしろ、一輝がいると、瞬といちゃつきにくい。
瞬は、兄の目の届くところでは、氷河に触れられることを極力避けていた。

「一輝は気付いてるだろう。今更隠したって無意味だ」
という氷河の主張は、
「うん。これは単なる気分の問題」
という、正しく意味のない言葉で、あっさり却下されていた。

それだけでも、氷河が不機嫌になる理由としては十二分のものがあったのである。
そこにもってきて、城戸邸の庭では、星矢が、星の子学園の子供たちと餅つき大会なるイベントを開催したあげく、搗きあげた餅の一気食いなどという訳のわからない芸を披露して、悪ガキ共の喝采を浴びていた。
それが、とにかく、うるさいのだ。


「そうだね。何にも変わらないね」
氷河のぼやきに頷き返す瞬は、なぜか嬉しそうに微笑んでいた。

「一つの区切りみたいなものだよ。去年はお世話になりました、今年もよろしく──って」
「そんな区切りに何の意味がある。これがまだ、夏至とか冬至とか春分とか秋分とかいうんだったら、自然科学的にそれなりの意味もあるだろうが」

欲求不満が高じて、氷河は理屈家になっていた。
が、氷河の接触を拒む瞬の気分が――“気分”という漠然としたものが――理屈で覆されるはずもない。

「文句つけるほどのことじゃないでしょう。みんながお正月を祝って、氷河が迷惑を被ってるわけじゃないんだし」

瞬の言葉に、氷河はムッとなった。
氷河は、“正月”というものに、これ以上はないほどに迷惑を被っていたのだ。
だが、欲求不満ごときで苛立っているという事実を、瞬に知らせることははばかられたし、まして、瞬に、『おまえの兄が早いところ姿を消してくれればいいのに』とは言いにくかった――言えなかった。

そういうわけで、氷河の不機嫌は加速度的に高まっていたのである。


「うるさい」

「え……?」
不機嫌が極まって抑揚のなくなった氷河の声に、瞬が少し驚いたように顔をあげる。

瞬の誤解に気付いた氷河は、慌てて補足説明をすることになった。
「おまえのことじゃない! おまえの言うことなら、俺は、どんな小言だって喜んで聞く。星矢やら一輝やら、めでたいめでたいと喚いている奴等がうるさいと言ってるんだ。俺がおまえの言うことにうるさいなんて言うはずがないだろう!」

まるで、浮気がバレて弁解にこれ努めている婿養子か何かのような氷河の様子に、瞬が苦笑する。
少し氷河の機嫌をとってやろうと考えて、瞬は彼に提案した。
「初詣でに行こうか」

「アテナの聖闘士が神社に参詣か? ナンセンスだな」
「ただのセレモニーだってば」

氷河に、そのナンセンスなことをする決意を促したのは、氷河の機嫌をとろうとする瞬の言葉ではなく、ラウンジの窓から顔を覗かせた星矢の、
「氷河! 瞬! 凧あげしよーぜー!」
という、正月の王道まっしぐらなお誘いの言葉だった。


「ここにいるよりましか」

そう言って掛けていた椅子から立ちあがった時、氷河は、自分の決定の軽率さに気付いていなかった。
日本の初詣でなる行事の恐ろしさを、彼は全く知らなかったのである。






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