結局、その日の実技試験で、新撰組入隊を許されたのは、瞬ひとりきりだった。

「あの、最後に僕と打ち合ってくださった方は……」
屯所内を案内してくれている沖田に、瞬が恐る恐る尋ねる。
あれほどの腕を持っていながら──しかも、武家の出で──驕ったところのないその様子に好感を持って、沖田は人懐こい笑顔を瞬に向けた。

「氷河のこと? 気になるのか? 綺麗な男でしょ。君も綺麗だけど、種類が違うね」
「あ、いえ……」
瞬が僅かに頬を上気させて、瞼を伏せる。
その仕草は、自分が褒められたためのものではなさそうだった。

「彼はね、女にモテすぎて困ってた歳さんが──あ、副長のことね──、もっと見栄えのいい男を横におけば、女の目がそっちに向くだろうって言って、江戸で拾ってきたんだ」
「同じ流派──とお見受けしたんですが」
「僕、それ、さっき気付いた。鏡心明智流って、言っちゃ悪いけど、弱いので有名でしょ。まさか、あの氷河が鏡心明智流の使い手だったなんてさぁ」

鏡心明智流は、千葉周作・北辰一刀流の玄武館、斉藤弥九郎・神道無念流の練兵館と並ぶ江戸三大道場の一つである士学館で、桃井春蔵によって教授されている剣術である。
錬兵館の神道無念流と10人ずつの剣士を出し合って試合をした際に、鏡心明智流の10敗という不名誉な結果を出したことは、江戸の剣術使いたちの間では知らない者のない話だった。

「なにしろ、氷河の人の切り方は容赦がなくて、冷酷無比だから。そりゃもう鮮やかに、無感動に切ってのける。人を切ることで、他の何かを切ろうとしてるみたいにさ。その氷河がまさか……」

沖田の言葉を聞いた瞬の顔が曇る。
瞬の表情の変化に気付いているのかいないのか、ふいに思いついたように、沖田は言った。
「あ、でも、ということは、もしかすると、氷河も武士だったのかな」

その弱さが露呈された後も、鏡心明智流の門弟が減ることはなかった。
鏡心明智流は、強さではなく、武士としての品位を学ぶための剣術という位置にある流派だったためである。
『技の千葉、力の斉藤、位は桃井』と言われ、門弟は武家の者が多かった。

「だったのかな……とは?」
「氷河、記憶を失ってるんだ。氷河っていうのも本名かどうかわからない。それしか憶えてなかったから。歳さん、冷たそうに見えて、結構世話好きだからね。腕もたつし、放っておけなかったんだろう。最初に江戸の町で会った時には、すごい怪我をしててね。なんだか、ぼ〜っとしてて、腑抜けに見えたよ。今の奴からは想像もできないだろ?」
そう言って、沖田は、氷河の真似のつもりなのか、左右の人差し指で、両の目をつりあげて見せた。
「…………」

彼の話を聞いて黙り込んでしまった瞬に、沖田が薄く笑って耳打ちをする。
「で、君、ほんとは何歳?」
「18です」

あくまで18歳で押し通そうとする瞬に、沖田は声をあげて笑った。
彼は笑い上戸らしかった。







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