「会津の容保公を通して、三春藩の藩主から、弟を返せというご沙汰があってな」

瞬たちに相対する前に、土方と沖田から事情を聞いていた近藤は、複雑な表情で、瞬と氷河に、彼等を呼び出した訳を伝えた。
これまでの瞬の態度を見ていれば、二人の事情をどこかで納得している部分も、近藤にはあったのだが。

「聞きいれない訳にはいかない。我々は、幕府から京都守護職を任された会津藩お預かりという形で、京の警備を任されている。会津の援助なしには立ち行かないし、容保公には恩義もある。その容保公ご自身も、瞬に人を切らせるようなことはしたくないとおっしゃっておいでだった」

「瞬が三春藩の藩主の弟君とはね。それが、なんでまた──」
瞬の身分を知らされたばかりの沖田が、呆れた顔でぼやく。
しかし、二人を妨げるものが何だったのかということは、瞬の身分を知ったことでようやく、沖田にも得心できていた。
要するに、あるじが、家臣に押し倒される・・・・・・側にあるということが、問題だったのだ、と。

「僕は、帰りたくはないんです。故郷には──いえ、あんな武士の世界の中には」
「そんなこと言わないでくれる? 俺たちは、その武士になりたくて、京に上ってきたんだから」
恨めしげに、それでも笑って言う沖田に、瞬は真顔で向き直った。

「武家は……武士の世界は窮屈ですよ。家臣は、たとえ愚鈍な主君の命にも従わなくちゃならなくて、序列が厳しくて、自由がなくて、伝統やしきたりを重んじることといったら、まるで馬鹿みたいです」
三春藩の藩主は賢君で通っている。
瞬の言うことは一般論ではあるのだろうが、そうとばかりも言い切れないものが、瞬のきつい眼差しの中には込められていた。

「氷河が──こんなに綺麗で強くて、学芸も修めた氷河が、藩の中で重用されず、僕の守り役みたいなことしかさせてもらえなかったのは、何故だと思います? 異国人の血が入っているからです。それも、十何代も前──250年も前に、たった一人だけ」

何やら話が随分と壮大になってくる。
突然、徳川幕府成立の頃の話を持ち出されて、沖田らは目を剥いた。

「仙台藩の伊達政宗公が、慶長18年に、支倉常長に命じて、慶長遣欧使節を送り出したことをご存じですか? 正宗公には、ローマ教皇の援助を得て、幕府転覆を図る意図があったのではないかと言われています。7年後、使節団は帰ってきた。その中に、氷河の父祖がいたんです。彼は、異国の娘との間に生まれた幼い少女をひとり連れていました。でも、その頃にはもう、徳川の世は磐石になっていて、正宗公の野望は潰え、反逆の意思があったことが露見するととんでもないことになる状況になっていました。使節団の主だった者たちは、藩の邪魔者として伊達家を追放になり、異国の血の混じった少女は、その父親と親交のあった三春にお預けになって……。以降、その血筋の者は、代々ずっと日陰の存在として、三春の館で隠れるように生きてきました。250年も前です! 250年も前に、お家のためにならないものとして押された烙印が、氷河にまで及んでるんです! そんなのって……!」

「俺は、自分を不遇だと思ったことは一度もない。いつも、おまえといられた」
これまで胸の内にためていたものを一気に吐き出すように言って、綺麗な顔を悔しそうに歪めた瞬を、氷河が穏やかな声でなだめる。
主君の後ろに控えて座そうとしていた氷河を、瞬は無理に自分の横に座らせていた。

瞬が、氷河のその言葉に、悲しげに首を振る。
「僕は、氷河とその……そういうことになって……。──僕たちは、子供の頃から片時も離れず一緒にいた。離れて生きていくことなんて考えられなかった。だから、これからもずっと一緒にいようって、そう決めただけだったのに……」

それは、主君と家臣の間に結ばれた誓いではなかったのだろう。
しかし、武家の社会は、それを認められるようにはできていない。

「僕たちのことが兄に知れたのは、江戸の下屋敷にいる時で──。兄は激怒して、氷河に切りつけ、氷河を藩から追放してしまいました。僕は、半年以上、屋敷内に軟禁されていて、氷河の後を追うことも、捜しに出ることもできなかった。半年が経った頃、通っていた道場の仲間が、氷河を京で見かけたという話を知らせに来てくれました。僕は、彼の手を借りて、見張りの隙をつき、屋敷を出て──」

「ここまで、追いかけてきたのか……!」
近藤と土方が、まるで示し合わせたように同時に、同じ驚嘆の言葉を発する。

「随分、惚れ込まれたもんだな、この色男」
沖田は、以前と同じ無表情でも、随分と印象がやわらかくなっている氷河の脇腹を、肘で突いた。

小藩とは言え五万石の藩の若君が、無禄といって差し支えない下級武士を追って家を出奔とは、太平の世なら浄瑠璃の演目にもなりそうな感動物語ではあった。







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