ヒョウガとシュンが出会ったのも、戦場だった。
3年前のことである。

アテネと同盟関係にあったテッサリアとシュンの故国マケドニアで国境紛争が起こり、その調停のために、ヒョウガがマケドニア国境に派遣されたのである。
テッサリアには、領域侵犯の意図も侵略の意図もなかった。
スパルタ軍との戦闘中に退却を余儀なくされたテッサリア軍が逃げ込んだ先が、たまたまマケドニア領内だったのである。

スパルタ軍を追い払ったヒョウガは、壊滅状態になっていたテッサリア軍の代わりに、マケドニアとの交渉を担当することになった。
そして、その際に、マケドニア側の全権大使としてアテネ軍の陣営を訪れた父親に同伴してきたシュンに出会ったのである。

関係良好とは言い難い国の者同士とは言え、和睦のための条件を話し合う場、スパルタ以外に敵を作りたくないアテネの立場もあって、両国の話し合いの場の雰囲気は穏やかで友好的なものだった。
そうするうちに、アテネ軍の陣営の中で、ヒョウガとシュンは親しく言葉を交わすようになり、ヒョウガは異国の少年への恋に落ちたのである。

やがて、和睦の条件が合意に至る。
ヒョウガの帰国の日が近付いていた。

ヒョウガはその時、シュンの好意を確信して、シュンを抱きしめたのである。
しかし、シュンはヒョウガの抱擁を拒み、その腕から逃れようとした。
シュンの思いがけない抵抗に合い、もはや離れられない気持ちになっていたヒョウガは、マケドニア国境に張った軍幕の中で逃げ惑うシュンを捕まえて犯し、そのまま、半ば略奪するように、アテネに連れてきたのだった。

もはや故国に帰ることは不可能と諦めたのか、アテネに来てからのシュンは、ヒョウガに従順だった。
大人しくヒョウガに身を任せ、その愛撫を受け入れた。
他に知る者のいない異国の地で、シュンの保護者はヒョウガしかなかったのだから、それはシュンが生きていくために必要な、いわば、他に選択肢のない選択だったのかもしれない。

ヒョウガはシュンに、その真意を確かめたことはなかった。
自分に故国と名誉と親族とを捨てさせた男を恨んでいるのかいないのか──ヒョウガはシュンに尋ねたことはない。
シュンが自分を恨んでいないはずがないと思うが故に、彼は訊けずにいた。

マケドニアの王に次ぐ地位に就くことさえ可能だった名家の子弟が、突然、異国のただの市民・・・・・の奴隷の境遇に身を落とされたのである。
恨んでいないはずがなかった。

代わりに、ヒョウガはシュンのどんな望みも叶えてやった。
市民でさえ滅多に身に着けることのできない上等の織物をはるか東の国にまで求め、エジプトやペルシャから珍しい食材を取り寄せてやり、本来なら奴隷には許されない口のききかたも咎めることはしなかった。
恋という競技の場で、勝利者はいつもシュンの方だったのだ。






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