「あの……あのね。僕と氷河が初めて喧嘩したのは、十二宮戦が終わったばっかりの頃で、原因は──つまらないことだったんだ。その……バラの花と百合の花のどっちが綺麗か、みたいな」

「バラに百合だぁ !? 」
何を言われても、腹立たしく、ごまかしに聞こえる。
どう弁解されても、嘘を言われているような気がする。
疑いの心を隠そうともせずに怒声を響かせた星矢に、瞬は小さく頷いた。

「あ、バラと百合はただの例えだけど……。えと、僕が最初に、氷河を綺麗だって言ったの。そしたら、氷河が怒って、僕の方が綺麗だって言って、どっちが綺麗かで喧嘩になっちゃったんだ」

「…………」
そんな喧嘩があるものだろうか。
瞬の説明を聞かされた星矢は、素朴かつストレートに、『アホらしい』と思った。
あまりに阿呆らしくて、嘘ではないような気がした。

「僕は、褒めたつもりでそう言ったんだけど、『綺麗』って、自分が言われると褒め言葉に聞こえないんだよね。それで──売り言葉に買い言葉で言い争って、結局、その場は喧嘩別れ」
星矢の怒気が僅かに弱まったことを敏感に感じ取ったらしい瞬が、そのことに勇気を得て、言葉を続ける。

「勢いで、氷河にそっぽ向いて自分の部屋に戻ったんだけど、氷河と喧嘩したのなんて、それが初めてだったから、ちゃんと仲直りできるのか、僕、すごく不安になったんだ。僕は……氷河が好きだったから。なんで意地張っちゃったんだろうって思って落ち込んで、自分の短慮に腹が立って、泣きたくなって……」

殊勝な話である。
それは、喧嘩が日常茶飯事になってしまっているような今の瞬(と氷河)からは、とてもではないが考えられない殊勝さだった。

「長いこと落ち込んで、悩んで、でもやっぱり僕から謝ろうって思って、部屋を出たら、そこに氷河がいて──。僕、びっくりして、謝るつもりで考えてたセリフも出てこなくて、そこに突っ立ってるしかできなくて、そしたら──」

『意見を変える気はないが』と前置きして、氷河は突然瞬を抱きしめ、その唇に唇を重ねてきたのだそうだった。

「僕、びっくりして、ぼーっとして、でも、すごく嬉しくて、それで──」
「それで?」
「それで病みつきになっちゃったんだ」
「病みつきって、喧嘩にかよ?」

星矢に問い質された瞬が、頬を染めて、こころもち伏せていた顔を横に振る。
それから瞬は、蚊が鳴くように小さな声で言ったのだった。

「喧嘩のあとのキスに」
──と。


星矢は──怒髪天を突いていた星矢は、瞬のその告白を聞いて、思わずへなへなと腰が砕けてしまったのである。
そのために──喧嘩のあとに美味いキスをするためだけに、氷河と瞬は今日も昨日も一昨日も先週も先月も、毎日毎日飽きもせず懲りもせず、喧嘩を続けてきたというのだろうか。
星矢には全く──完全完璧に理解できない感覚だった。

「なるほど。そして、その後、二人の仲は順調に進展し、喧嘩のあとのキスは、喧嘩のあとの情事へと移行していったわけだ」
「そ……そういうことです」
紫龍の確認の言葉に頷いて、瞬は真っ赤に頬を染めた。






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