「目を開けてくれ」

僕が目覚めたのは、その言葉のせいだった。
最初に視界に入ってきたのは、けぶるような金色のかすみ
その霞を通して、木目の美しい天井が見えた。
和室の──さほど高いところにあるわけではない天井がひどく高いところにあるように感じられたのは、僕が布団の上に横たわっていたからで、そして、僕はほとんど裸だった。
左の腕だけにかろうじて、まるで死人が身に着けるもののように白い浴衣の袖が通っている。

時刻は夜らしい。
室内は薄暗かった。
部屋の外では、風が樹木を揺らし、ざわざわと不吉な音を響かせている。
薄暗い部屋が真闇ではないのは、枕許に小さな室内灯が置いてあるからだった。

僕の身体に覆いかぶさっている金髪の男がいて──どうやら、僕が金色の霞だと思ったのは、彼の髪だったらしい──彼は、僕の身体を抱き、愛撫しながら、僕の耳許に囁いていた。
その言葉を繰り返していた。

「目を開けてくれ、瞬」
──と。

これは誰だろう──?
僕は、どんよりと澱んでいる沼の底をさらうようにして、自分の記憶の糸を辿ってみた。

僕がそうしている間にも、彼は、僕の胸や肩に唇を押し当て、肌を吸い、そして彼の身体を僕に押しつけてくる。
指が──指だけが、かつての愛人を憶えていると書いたのは、どこの小説家だったろう。
その小説とは逆に、彼の指を憶えていたのは、僕の身体の方だった。
彼の指が、僕の腹部を撫で、内腿をなぞり、それから、まるで隠れる場所を探している子供のようにこっそりと、僕の中に忍び込んでくる。

(ああ、氷河だ──)
内側から身体をまさぐられる感覚に、ぞくりとするような恐れと期待を覚えながら、僕は彼の名を思い出した。

だが、自分がなぜここにいるのか、なぜこんなことをしているのか、そもそもここはどこなのか──が、僕にはわからなかった。

氷河の愛撫は不快ではない。
それは、いつも優しく穏やかとは言い難いものだったが、不快ではなかった。
不快なはずはない。
僕は氷河が好きなんだから。
こんなふうに僕の身体に触れることを許したただ一人の人間。
それが氷河だった。

でも、どうして僕はこんなところにいるんだろう。
城戸邸には、こんな部屋はなかった。
僕は、いつもの通りに、氷河に『おまえが好きだ』と告げられ、その言葉に酔うように、彼の前に身体を開いたんだろうか?
だとしても、なぜ、僕にはその記憶がないんだろう──?






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