「ベッドではカッコいいって、どーゆーことだよ!」 すっかり瞬に無視されてしまった星矢が、大きな怒声を、瞬ではなく紫龍にぶつけてくる。 だが、紫龍にその答えがわかるはずがない。 というより、彼はわかりたくなかったのである。 「俺に訊くな」 「服を脱いだ途端に、あの お笑い男が思いっきり渋い二枚目に変身するってのかっ !? 」 「だから、俺に訊くなと言うに」 とりあえず、そう星矢に応じてから、紫龍が彼なりの推察をぼそりと口にする。 「氷河は、相当いい仕事をしたんだろう。多分」 言ってしまってから、紫龍は、我が身が地獄の最底辺よりも深いところに沈んでいく感覚を覚えたのである。 そんなことで解決する問題に自ら首を突っ込むような真似をしたのだと思うと、紫龍は自分が情けなくてならなかった。 自分たちは、不器用な恋人たちの恋のキューピットもしくは 粋な月下氷人のつもりでいたのに、実際には他愛のない痴話喧嘩に巻き込まれたにすぎなかったのだ。 こんな情けない、こんな腹立たしいことがあるだろうか。 テラスから室内に引っ込んだ星矢と紫龍は、秋という季節が持つ あのアンニュイな気分にずっぽりとハマり込んで、脱力したようにその場にあったソファに身体を投げ出した。 そんな二人に、庭の方から、 「星矢ー、紫龍ー。僕たち、並木公園にイチョウ見に行ってくるけど、おみやげ何がいいー?」 という、実に明るい瞬の声が届けられる。 途端に、それまで少々呆け気味だった星矢の表情は、ひどく険しいものに変わった。 「なーにが、『おみやげ何がいいー?』だ。俺達の苦労も知らずにバカみたいに浮かれやがって、寝言は寝て言いやがれってんだ」 「寝て言うから寝言とも言うな」 だとしたら、今日以降 氷河と瞬が口にする言葉はすべて寝言ということになる。 寝言と思えば、瞬の浮かれた口調にも(さほど)腹は立たない。 星矢は庭に向かって、怒鳴り声を響かせた。 「焼き芋 100本ー!」 「おっけー。じゃ、行ってきまーす」 瞬の寝言は見事なほどに弾んでいる。 本当に焼き芋を100本買ってきそうな勢いを、瞬の寝言は有していた。 ベッドでは格好の良い氷河が、瞬はいたく気に入ったらしい。 わざわざ庭まで出ていかなくても、瞬が氷河の腕に嬉しそうにしがみついている様子が、星矢と紫龍の目にははっきり見えていた。 空は高く、空気は澄み、世界のすべてが金色に輝く季節。 瞬のいる氷河の世界と 氷河のいる瞬の世界は 実際以上におめでたく輝いているらしく、力持ちの瞬は、もちろん、その日の夕方しっかりと焼き芋100本を抱えて、浮かれた足取りで仲間たちの許に帰ってきたのである。 幸せな人間は、常識というものを持ち合わせていない。 Fin.
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