「先生、何のお話をしてらっしゃるんですか?」
ミロス島にも咲いていた白いレースフラワーの花を抱えて、瞬が師の許に戻ってくる。
隣りに金髪の小僧さえいなければ、それは、2人だけで過ごしていたミロス島で毎朝見慣れていた光景と同じだった。
闘いにおける勝利だけに価値があると考えていた黄金聖闘士が その考えの誤りに気付き、平和な日々を謳歌できる者こそが真の勝利者なのだと しみじみ思い知った幸福な6年間。
その時間を取り戻すことは、もうできないのだ。

「互いの弟子自慢だ。ミロが君の自慢ばかりするので、辟易していたところだ」
「僕が、先生が自慢できるような弟子なのなら嬉しいんですけど」
そう言って、はにかむように瞬が微笑する。
ついふらふらと、以前のように瞬の髪を撫でてやろうとして伸ばしかけた手を、ミロは唇を噛みしめて拳に変え、我が身の側に引き戻した。

今、瞬の隣りには、水瓶座の黄金聖闘士に『奴に勝利することは死以上の恥辱』とまで言わせる最凶の青銅聖闘士がいて、図々しく瞬の肩に手を置いている。
瞬はそれをごく自然のことと思っているらしい。
それを“自然なこと”にしたのは、他ならぬ瞬の意思。
瞬はもう、命の全てを他人に委ね守られているばかりの子供ではない。
そして、瞬をそういうものに作りあげたのは、他ならぬミロ自身なのである。

弟子は師を越えていくもの。その時、師たる者は弟子の成長を喜ぶしかない。
無念の涙を飲み込んで、ミロは、自慢の弟子に告げたのだった。
「私は二度と弟子はとらない。おまえが私の最初で最後の弟子だ」
弟子を持つことで知るべきことは全て知り、学ぶべきことは全て学んだ――と、ミロは思ったのである。

無垢で非力な子供を引き取り、その子が泣き笑い迷いながら成長していく様を見詰めつつ共に暮らす幸福と充実、やがて一人で歩き始めたその子供を見送るしかない無念と寂しさ。
無念であり寂しくもあるのに、その成長した姿は眩しく、誇らしい。
今となっては、瞬の行く手に輝かしい未来のあることを祈り願うこと以外、ミロにできることはなかった。

花を手渡す人間の手に残るのは、その花の香りだけ。
瞬と過ごした幸福な6年間の果てに、そうして、ミロの許には、懐かしい思い出と白い花の甘い香りだけが残ったのだった。






Fin.






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