氷河は、星矢に自白を促すための小道具として使うためだけに、わざわざ棺桶を作らせたものらしく、棺桶プレイには興味がないらしい。
裁判官の退廷後、法廷の隅に放置された棺桶を眺めつつ、星矢は長い溜め息をついたのである。

「瞬。おまえ、よく あんな焼きもち焼きとくっついていられるな。しかも、その焼きもちがとんだ勘違いの見当違い。おまえ、氷河みたいな阿呆のどこがいいんだ」
今日ばかりは瞬も、氷河に対する星矢の評価を否定することはできなかったらしい。
その件には触れず、瞬は全く別のことを星矢に尋ねてきた。
「星矢は恋をしたことがないの」
瞬は何という恐ろしいことを訊いてくるのだろう。
星矢は瞬の言葉にぞっとして、これ以上ないほど大きく首を横に振った。

「そんなもんしたら、氷河みたいになるんだろ? 俺は絶対やだぞ。あんな馬鹿げた勘違いの焼きもち焼いて、馬鹿じゃねーのかと人様に疑われて笑われて、後ろ指さされて生きるなんてさ。恥ずかしいったらねーぜ」
氷河を、星矢は決して嫌いではなかった。
同じアテナの聖闘士として、彼を信頼もしていた。
だが、氷河は絶対に尊敬できる男ではない。
特に瞬のことが絡むと氷河は正真正銘の阿呆になると、星矢は確信していたのである。

「氷河は確かに極端だけど……でも、誰かを好きでいるのは楽しいよ。毎日どきどきして」
楽しそうにそう言う瞬の神経も、星矢には理解し難いものだった。
氷河のような我儘で独占欲の強い勘違い男を好きだという瞬も 相当規格外の人間だと、星矢は内心で思ったのである。






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