沙織も最初はそれを無謀だと思っていたのである。
彼女はただ、彼女の聖闘士たちが戦い以外の目的を持つことを好ましいことと判断して、彼等の挑戦に協力することを決めたのである。
が、無謀にしては、瞬はやたらと計画的かつ意欲的だった。
この無謀な計画を立てた数日後には、瞬はもう デザインの基本を学ぶためにデザインスクールに通いだし、ファッションショーをはしごして、夜遅くまで書籍を読み、スケッチブックにデザイン画を描く――という生活を始めていた。

瞬の勤勉は、その仲間たち――氷河以外の――の意欲も刺激せずにはおかず、彼等は自分に割り当てられた仕事だけはやり遂げようと、瞬に倣って努め始めた。
そして、走り出したら止まらないのがアテナの聖闘士である。
たとえ無謀でも、その挑戦が成し遂げられずに終わっても、沙織はそれはそれでいいような気がしてきたのである。
「考えてみれば、洋服なんて、中学生が技術家庭の授業の中で作ってるものなのよね。5人もいたら何とかなるでしょ」
やがて沙織は、そう思うようにまでなってしまったのである。
何事かに夢中になっているアテナの聖闘士たちは輝いていた。
その姿を見ることができただけで、沙織は満足していた。


瞬の挑戦に付き合うことに満足していないのは、おそらく城戸邸内では氷河ひとりだけだったろう。
瞬が、奇跡の実現のために、毎日 早朝から深夜までの時間とその全精力をつぎ込み始めたせいで、氷河は恋のための時間を持つことができなくなってしまったのである。
それが氷河には大きな不満だった。
かといって、瞬が自らの計画に挫折して落胆する様は見たくない。
複雑極まりない心境で、氷河は瞬のひたむきな努力を見守ることになったのだった。


「でもさ、勉強してどうにかなることなのか、服のデザインって」
星矢が素朴な疑問を口にしたのは、瞬がデザインの勉強を始めてから 1ヶ月が過ぎようとする頃だった。
星矢たちが任せられた仕事は、技術を習得しさえすればどうにかなることだったが、瞬が担当する分野はそうではない。
それは、技術を習得することによって状況が見えてきた星矢の中に生まれた、極めて根本的な疑念だったのである。

瞬は、少々疲労を覗かせる表情をして、彼の仲間に頷いた。
「メンズって、デザインというより、布地の選択と、そのシーズンにこういう型の服を流行らせたいっていうデザイナーの主張が、デザインの主眼なんだよ。レディースよりバリエーションは少ないから、結構何とかなりそう」
「ならいいけど、無理はすんなよ」
「無理せずにできることって、楽しくないでしょ」
「そりゃそーだ」

そんな意見に一時の逡巡もなく頷くことのできる者たちが仲間だったから、瞬は奇跡への挑戦を始めたのだったかもしれない。






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