「そう。瞬のクトゥルフ病は治ったの。それはよかったこと」
氷河に事の次第の報告を受けた沙織が――愛の光に包まれた女神が、心を安んじたように やわらかな微笑を作る。
瞬との関係が思いがけないほど急速に進展したことを、氷河はその報告内容に含めなかったが、アテナはそのあたりもきっちり察しているようだった。

「瞬の心を勝ち得るための道具に、アテナの聖闘士であるあなたが女神である私を使うなんて、見上げた心栄こころばえだわ」
彼女の聖闘士に そう告げる女神の微笑は、さすがにただの人とは異なり、尋常でない貫禄と威圧感を帯びている。
氷河は、彼女の笑みに 少々――どころか、大いに――気圧けおされていた。

「いや、俺は、沙織さんは人類の愛の象徴、光の象徴だと思えばこそ、瞬を目覚めさせるために、あの場に呼んだわけで――」
「ええ。私をサプライズの道具にしたわけよね。びっくり箱のバネ仕掛けのピエロに」
「ひ……人は、互いに理解し合うための努力を怠るべきではないと、俺は――」
「その努力をして、あなたの心が理解できているからこそ、私は今とても機嫌を損ねているのだけれど」

そう言ってにっこりと微笑む 正義と慈愛の女神の強大かつ不機嫌な小宇宙は、眩しいほどに温かく力強い。
彼女の愛と力が理解できるからこそ、氷河は戦慄した。






Fin.






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