『こんな簡単なことが、なぜわからないんだ』 幾度もカミュに言われた言葉。 『死んだ者に会いたいという願いは、希望ではないんだ』 あれは、俺のマザコンを心配していたわけじゃなく、俺の未来を心配しての言葉だったんだ。 この先、俺が出会うだろう多くの死。 そのたびに、亡くなった者への哀惜に引きずられて俺が前に進むことができなくなることを、カミュは案じていた。 カミュは、あの時既に自分の死を予感していたのかもしれない。 今、俺の横には瞬がいる。 瞬は生きている。 瞬は春そのもの。 俺に愛と希望を作る力を与えてくれるもの。 春をさえ作るもの――だ。 「おまえがもし死んでしまったら、俺は――」 眩しく暖かく希望に満ちた朝の光の中で考えるようなことじゃなかったが、それは俺が数年前には思い描くこともできなかったほどの幸福の中にいるからこそ 口にすることのできた例え話だったろう。 本当に幸福な時に、それ以上の幸福なんて考えられるわけがない。 瞬は目覚めていた。 瞬の瞳は、朝の光のせいではなく、瞳それ自体が持つ光によって輝いている。 やわらかい線で描かれた裸の肩は 頼りなげに見えるほど華奢なのに、瞬は永遠の愛や貞節を俺に求める甘さを持ちあわせてはいない。 瞬はためらいもなく きっぱりと俺に言った。 「死んだ僕にしがみついてちゃ駄目だよ。他の希望を必ず見付けて、その希望にお猿さんみたいにしがみついてでも生きて」 瞬の代わりを見付けろと? この俺に? 恋人に朝の光の中でそんなことを言われたら、『不吉なことは言わないでくれ』と その願いを退けるのが礼儀というものなのかもしれない。 だが、俺は頷いた。 瞬の望む通りにできるかどうかはわからないが、それでも俺は瞬に頷いた。 瞬がそれを望んでいるから。 カミュが望んでいたように、マーマが望んでいたように、俺が希望を持って生きることを、瞬もまた俺に望んでいるから。 だが――瞬は俺の愛と希望を生む力の源泉だ。 力そのものだ。 そして、瞬自身も、希望を生む力を持っている。――もしかしたら、俺という存在によって。 だから、おそらく瞬は死なない――俺が生きている限り。 俺は、どこまでも続く道を、瞬と二人で歩いていけると思う。 Fin.
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