加藤さん、リクエスト、どうもありがとうございます! 久々にいただけたお題、すごーく嬉しかったです!(なのに、その恩をアダで返すのが私の得意技。本当に申し訳ありません;) はい。というわけで、『星の王子さま』です。 加藤さんからいただいたお題メールでは、『星の王子さま』の印象的な場面(キツネの言葉とか、王子さまの星のバラの話とか)を抜粋してお知らせいただきました。 で、ちょっと調べてみましたら、『星の王子さま』の著作権って既に消滅しているのですね。 「あ、これならいただいたメールの該当部分をそのまま前振りページに載せてしまっても問題ないかも」と思ったのも束の間、加藤さんが引用されたのは、2006年発行の河野万里子さん訳のもの。 『星の王子さま』の著作権は消滅していても、訳者さんの著作権は発生したばかりなので、引用掲載はさすがに無理でございました。 著作権の扱いというのは本当に難しいですね。 二次創作をさせていただいている身といたしましては、何かと心苦しく肩身の狭い面もあり、色々フクザツな気持ちになります。 それはともかく、『星の王子さま』の著作権が切れたのは、つい2年前のことらしく、2005年から2006年にかけて、たくさんの新訳が出たようです。 私が読んだものは、ご多分に漏れず内藤濯さん訳のもので、新訳にはまだ目を通していません。 (内藤濯さんは、原題の『Le Petit Prince(小さな王子さま)』を『星の王子さま』と訳すという英断をなさった方です。あと、『本質は目では見えない』を『大切なものは目に見えない』と意訳。これも本当に上手いと思います) さて、そういうわけで、結局引用転載できなかった『星の王子さま』なのですが。 すすすすすすすすすみませんっ! 本当に申し訳ありません、ごめんなさい! お題をくださった加藤さんは、多分――いいえ、100パーセント確実に、とてもとても真面目なお気持ちで、このお題をくださったのだと思います。 氷瞬と『星の王子さま』を絡めた真面目でシリアスな話をお望みだったろうと思います。 いただいたメールの引用文(『星の王子さま』という作品の主題ともいえる箇所の引用でした)からも、そのお心は伺えました。 加藤さんが何を求めていらっしゃるのかは、(私の勝手な思い込みかもしれませんが)おおよそ私にもわかっていたのです。 わかっていたのですが〜。 私の書いた『氷瞬的 星の王子さま』は、要するに駄洒落話(というか、親父ギャグネタ)。 「こんな作品はいかん。リクエストしてくださった方に失礼だ」と思いつつ、世界中の人たちに愛されている名作を偉そうに語れるほどの見識を持ちあわせていない私には、結局こんなふうに逃げることしかできなかったのです……。 これは自信のなさからくる卑怯なやり方。我ながら実に情けないことです。 ちなみに、作中出てきますニジンスキーはもちろん、ほもの天才バレリーノヴァスラフ・ニジンスキー。 彼の妻のロモラは、彼が61歳で亡くなるまでの33年間、精神病者として療養生活を送った彼の世話を続けたんですが、彼の主治医だったフレンケルと不倫関係にあったと言われています。 映画『ニジンスキー』では、ニジンスキーの声を三ツ矢さんが当ててらして、いかにもいかにも。実にぴったりでした。 で、キリリク話自体は思い切り駄洒落で親父ギャグな瞬間芸の一発芸でいかせていただきましたので、ちょっとだけ真面目に、私が『星の王子さま』に関して思うことを氷瞬に絡めつつ、書かせていただきます。 以下、『星の王子さま』を未読な方にはわかりにくい内容になるかと思いますが、ご容赦ください。 えーと、私は『星の王子さま』はラブストーリーだと思っています。 しかも、実に氷瞬と重なるラブストーリー。 バラの花はどこにでもいくらでも咲いているのに、星の王子さまには たった一輪だけ特別なバラがある。 これは恋でしょう。恋でなくても、友情や家族愛、(ごく狭い範囲での)隣人愛だと思います。 そして、これは(身内に執着する傾向のある)氷河の気持ち。 氷河には一輪の花が大切で、それを大切なものにしたのは彼自身の心なわけです。 それに比して、瞬ちゃんは、一輪のバラではなく すべての花を愛するタイプ。 「ぼくの星は、夜空いっぱいの星の中のどれか一つ」なのです。 『星の王子さま』という作品で、最も有名かつ重要と思われる文章は、 「大切なものは目に見えない」 という文章だと思います。 目には見えないけど、それは大切なもので、気付かれずに終わることも多いけれど、大切なものは いろんなところに隠れている。 氷瞬の氷河的には、 「(愛とか優しさとか)大切なものを内に秘めているから、瞬は美しく見える」 氷瞬の瞬ちゃん的には、 「大切な人(氷河)が生きている場所だから、世界は美しい」 「この世界にどんなにたくさんの人間が存在していても、おまえは特別」 「あなたがいる世界だから、僕は、この世界全部を愛している」 児童文学という体裁をとった短い一つの作品の中で、恋と人類愛の両方を無理なく見事に語っているあたり、『星の王子さま』は確かに、どう考えても傑作だと思います。 (ただ、今回の話の中で氷河が考えている通り、社会批判・風刺めいた星巡り部分はない方がよかったと、私は思うのですね。あのあたりは、あまりにあからさまに風刺の意図が読み取れてしまうので、せっかくのファンタジーが現実味を帯びることになり、少々しらけてしまうのです) と、あれこれ好き勝手に言わせていただきましたが、ともかく『星の王子さま』は氷瞬です。そう、私は思っている。 ですから(?)、かの作品は、私にとっては傑作にして名作です。 そのような作品を、私のつたない考えであれこれいじるのはおこがましく感じられてならず、結局こういうことになってしまいました。 ですが、この話に出てくる どーしよーもない親父ギャグは、『星の王子さま』という作品と、その作品を生み出したサン=テグジュペリに対する私なりの敬意の現われであり、決して決して名作を貶め からかうことを意図したものではありません。 それだけはご理解いただきたいと、切に願う次第でございます。 ――という私の苦しく切ない気持ちをお汲み取りの上、あまりご立腹はなさらずに、今回のキリリク話をお読みいただけましたら幸いです。 ほんとにほんとにすみません〜; & 今回、大変卑怯な表記方法で差別用語を多用しております。そちらもご容赦ください。 |