ヒョウガたちが会話の続かない相手の前で立ち往生していると、シュンが降りた馬車から、もう一人の男が姿を現し、彼等の方に視線を投げてきた。
服装と態度からして使用人ではない。
せいぜい大学を出たばかりの年齢で、シュンの父親でもなさそうだった。
「父兄同伴かよ」
その過保護振りに舌打ちをしたセイヤは、だがすぐに考え直したようだった。
「ま、教師共に話しておきたいこともあるだろうしな」
独り言のようにそう言って、セイヤは、新しい登場人物にひらひらと片手を振ってみせた。

しかつめらしい顔をした男が、玄関前にたむろしているセイヤたちの側に歩み寄ってくる。
彼をヒョウガたちに紹介したのも、当の転校生ではなくセイヤだった。
「あ、こっちがシュンの兄貴」
“シュンの兄貴”は、弟とは違う意味で愛想がなかった。
挨拶らしい挨拶もせず、名を名乗ることもなく、彼はまず、
「おまえの友だちらしく、軽薄そうな奴等だな。キングズスカラーを二人世話すると言われて期待していたが、こんなのがキングズスカラーとは、イートン校のレベルが容易に想像できる」
と無礼極まりない言葉を吐き出した。

言いたいことを言うのは、彼が、その歴史、学問、スポーツ等でイートン校とは互いに対抗意識を抱き合っているウィンチェスター校の卒業生であるせいもあったかもしれない。
何を根拠に彼が初対面の人間を軽薄と断じるのかと憤りかけたヒョウガは、その時になって初めて、自分たちがキングズスカラーが学内での着用が義務づけられている黒いガウンを身に着けていないことを思い出した。

そんなものを身に着け 学内での己れの地位を誇示しなくても、この学校にプリフェクトである最上級生の顔を知らない生徒はいない。
ゆえにヒョウガは、自分がガウン着用のルールを遵守する必要を感じていなかったのである。
ヒョウガ自身、自分を礼儀正しい生徒だとは思ってなかったので、シュンの兄の判断は正鵠を射ていると認めざるを得ない。
彼は、とりあえず、転校生の父兄への反論を控えた。
無論、だからといって この外来者を笑顔で迎える気にはならなかったが。

暗く無口な幼馴染みと、不遜極まりない その兄と、到底機嫌がいいとは言い難い二人の学友。
セイヤひとりだけが、彼等の間で笑顔を浮かべていた。
「そんな憎まれ口 叩くなよ。この二人には、女好きっていう素晴らしい美点があるんだ。イートンの優等生にあるまじき美点だろ」
「ほう。それは頼もしい」

それがなぜ美点であり得るのか、ヒョウガには納得できなかったのだが、驚いたことにセイヤのその弁護(?)を聞いた転校生の兄の口調と表情は、本当に目に見えて和らいだ。
それから、至極真面目な顔つきになる。
「シュンに無理をさせたくはないんだが、この国ではパブリック・スクールを卒業して大学に進まないことには、シュンの人生自体が始まらないようになっているからな。何とか3年を無事に過ごし、卒業させてやってくれ」
「任せとけって。勉強以外のことなら、俺がしっかりシュンの面倒見てやるから。明るく健康的なシュンの学園生活を俺が保証するぜ!」

いったいその自信はどこから湧いてくるのかと思いつつ、ヒョウガは、力強く拳を作って安請け合いをするセイヤを見やったのである。
が、ヒョウガはあえて その件を不問に付した。
彼にはそんなことよりもずっと気になることがあったのである。
すなわち、イートン校のプリフェクトを とんでもない美点持ちにしてくれたセイヤの意図が。

「なんだ、あの紹介の仕方は」
校長に話があると言って転校生の兄が その場を立ち去ると、ヒョウガは早速その件をセイヤに問い質した。
「シュンの兄貴を安心させるため。実際、あれで態度は軟化しただろ」
セイヤが、要領を得ない答えを返してくる。
だが、ヒョウガが知りたいのは、彼にも確認できた単なる事実ではなく、弟の新しい学友が女好きであることを歓迎する父兄の思考回路の方だったのだ。
しかし、セイヤはそこまで懇切丁寧な説明をするつもりはないらしかった。

「んじゃ、寮監とこに行こうぜ。ヒョウガたちも呼ばれてるんだろ」
暗く俯いたままの幼馴染みの腕を掴み、セイヤが彼の学寮に向かって歩き出す。
してみると、この転校生は、イートン校の中でも特に優れた(学業が、とは限らない)生徒だけが入ることを許された“カレッジ”への入寮が既に決まっているらしい。
いったいこの陰気な面持ちの転校生の“美点”は何なのかと訝りつつ、ヒョウガとシリュウは二人の下級生のあとを追ったのだった。






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