「ヒョウガ、最近、僕を避けてない?」 もちろん、それはシュンのためである。 だというのにシュンは、わざわざ悪魔のいる部屋にまで足を運び、まるで傷付いているのは自分の方なのだと言わんばかりの目をして、ヒョウガに尋ねてくるのだ。 ヒョウガは、持てる力のすべてを総動員して、シュンのその目から自分の視線を逸らさなければならなかった。 「ヒョウガ。僕、何かヒョウガの気に障るようなことをした?」 「そんなことを訊いてくるのが気に障る」 「ヒョウガ……」 シュンが つらそうに眉根を寄せて、ヒョウガの顔を見上げてくる。 それは、ヒョウガの夢の中で黒い衣を着た悪魔に組み敷かれていたシュンの表情に酷似していた。 いっそ あの夢の通りにシュンを組み敷き、その服を剥ぎ取り、力任せに己れの欲望をシュンの中に捻じ込んでしまおうかと思う。 だが、ヒョウガは、それでも、やはりシュンにそんな悲しそうな顔をさせたくはなかった。 意を決し、シュンの肩を掴みあげる。 シュンが驚きの声を発するために開きかけた唇に、ヒョウガは自身の唇を押しつけ舌を差し入れた。 薄く目を開けて確認すると、シュンは、自分が何をされているのか全く理解できていないように、その目を見開いている。 ヒョウガは再び目を閉じ、シュンを強く抱きしめた。 これが最初で最後で、そして二人の間には決してこれ以上のことは起こり得ないのだから、ヒョウガは味わえる限りのものを味わっておきたかったのだ。 やがてシュンの腕がヒョウガの背にまわってきたのは、どう考えても、執拗に長く深いキスのせいで、シュンが自らの重心の置き場を見失ってしまったせいだった。 シュンもそれを求めているからではなく――ただ倒れてしまわないために、それだけのために、シュンはヒョウガの背にしがみついてくる。 そんな抱擁しかできないことが やるせなくて、ヒョウガはシュンの唇を解放した。 「俺がおまえを避ける訳がわかったか? わかったら、さっさとこの部屋から出ていけ」 シュンは少し意識が乱れてしまっているようだった。 それでも倒れてしまわないために、シュンの手はヒョウガの背にしがみついたままである。 その手を無理に引き剥がすと、シュンがその場に崩れ落ちてしまいそうで、ヒョウガはそうすることができなかった。 ヒョウガは――ヒョウガこそがシュンに避けられ嫌われることを恐れていた。 シュンがこの学校にいられなくなったら――この学校にもいられなくなるようなことになってしまったら――ウィンチェスターの二人同様、ヒョウガはシュンに会うことを禁じられてしまうだろう。英国社会によって永遠に。 ヒョウガは、それだけは、どうしても避けたかったのだ。 たかがキス一つに、シュンは随分と緊張し、その体力を使わされていたらしい。 大きく上下させていた肩の動きが落ち着いてきてからやっと、シュンは名残惜しげにヒョウガの背に絡めていた腕を解いた。 そして、非常に馬鹿げたことを尋ねてくる。 「あの……ヒョウガは僕を嫌いになったんじゃないの?」 「そうじゃないから困っているのが わからないのか!」 到底恋する男のそれとは思えない 吐き出すような口調で、ヒョウガはシュンを怒鳴りつけた。 シュンが、小さく安堵の息を洩らす。 「よかった……」 「よかっただと !? 何がいいものか! 俺はおまえを好きだと言っているんだぞ! 俺は、おまえをウィンチェスターにいられなくした奴等と同じなんだ!」 嫌悪の表情を向けてくるのが当然と思っていたシュンは――シュンの唇は、しかし、どういうわけか微笑の形を作り始めていた。 「でも、ヒョウガは、僕を理由に誰かを傷付けたりしないでしょう? 恐がって、誰もヒョウガに決闘を申し込んだりする人はいないもの」 「……」 シュンは、二人の貴族の子弟をエリートコースから脱落させたことよりも、彼等を争わせ、その心だけでなく身体までを傷付け合わせたことに、より強い罪悪感を抱いているらしい。 そしてシュンは、同性に 性の色の濃いキスをされてしまったことに、さほど――全く?――嫌悪の念を抱いていないようだった。 ヒョウガにしてみれば決死の覚悟の上でのキスだったというのに、シュンにはそれは、濃密すぎ時間がかかりすぎることに驚かされるだけのキスでしかなかったらしい。 ヒョウガは少々――大いに――気が抜けてしまったのである。 シュンには、神の教えに逆らうことへの罪悪感や 社会に制裁されることへの恐怖はないのか――と。 |