「アテナの許可を得ず聖域を離れました。私の身勝手をお許しください」
「あら、あなたは私に命じられたことをしただけでしょう。気にすることはないわ。これからも地上の平和と安寧のために努めてちょうだいね」
「はい」

聖域に戻ったアフロディーテはアテナに何も告げず、アテナもまた彼に何を問うこともしなかった。
アテナはアフロディーテの小宇宙ですべてを察したようであったし、それで満足もしたようだった。
魚座の黄金聖闘士に向けられる女神の笑顔は、彼の出奔前と後とで何も変わったところがないように見えたが、それはつまり、彼の女神がこの騒ぎの以前も以後も、魚座の黄金聖闘士に変わらぬ信頼と愛情を向けていたということだったのだろう。
その度量の深さ広さに、アフロディーテは我知らずこうべを垂れることになったのである。

「これが、ハーデスから預かったアンドロメダの命です。アテナにお預けいたします」
アフロディーテがアテナの手に渡したものは、小さな透き通った石――ダイヤモンドのように輝く小さな石――だった。
「ダイヤと同じで強固なものなのですが、ある一点に力を加えると簡単に砕ける――と、ハーデスは言っていました」
「人の命はみなそんなものね。預かります」
アテナは彼女の聖闘士の命を慎重に受け取り、そして、その強さと弱さを確かめるように優しく両手でそっと包み込んだ。

「ご苦労様でした。アフロディーテ」
「はい。今度こそ――私は仲間の許に帰ります。私の仲間たちは、一言『すまなかった』と謝罪すれば、笑って私の罪を許してくれる者たちだったことを、私は失念していました」
いじいじと一人で思い悩んだりなどせず、なぜ最初にそうしなかったのか。
今となってはそれが不思議でならなかったのだが、それも“弾み”だったのだろう――と、アフロディーテは思うことにした。
アンドロメダ座の聖闘士が言っていたように、人が生きていればそういうこともあるのだと。

「ええ。あなたの仲間たちは正直でまっすぐで、そして、ちょっと単純ですから、きっと」
キグナスを語るアンドロメダ座の聖闘士の言葉に酷似した アテナの黄金聖闘士評に、アフロディーテは苦笑を禁じ得なかった。
アンドロメダ座の聖闘士も、知恵の女神も、だからこそ彼(彼等)を愛さずにはいられないのだろう。
アフロディーテは、今なら瞬の心も素直な気持ちで認めることができた。






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