エリス姫の復讐心は、彼女の先祖の姫を殺した外国の王子に向けられているので、外国の王子なら誰でも彼女の謎解きに挑むことができた。
瞬は、氷河が彼の国を失ったことを理由に氷河の求婚が退けられることを期待したのだが、半日後には処刑場に引き出され死んでいく者の現在の境遇など、東の国の王宮の誰も詳しく詮索してはこなかった。
ただ、王宮の者たちは皆――高い地位にいる大臣たちも、下人も、王女の父であるこの国の王でさえ――氷河の若さと美しさを惜しんで、無謀への挑戦をやめるように忠告してくれた。
氷河と共に王宮の広間に入った瞬は、その城にいる者たちが誰も彼も、氷河に痛ましげな目を向けることに 不安を募らせることになったのである。

氷河は、滅多に自分の意思を変えない頑固さを持っていたが、それは彼の自信に裏づけされたものだった。
実際、彼は聡明で機転も利き、頭のいい王子だった。
だが、今の彼は、恋のためにまともな判断力を失っているのだ。
瞬は、悪い結末をしか思い描くことができなかった。

そんな瞬の不安をよそに、王と王女、多くの廷臣たちが居並ぶ王宮の広間で、いよいよ謎解きが始まる。
瞬は、胸も潰れそうな思いで、氷河の姿だけをその瞳に映していた。
彼女のために命を賭けようとしている者に無感動な視線を投げている王女の姿も、その姫を止めることのできないこの国の無力な王の姿も、瞬の目には入らない。
ここまできてしまった今、瞬の胸中には もはやどんな感情も湧いてこなかった。
ただ氷河がこの場を乗り切ってくれることだけを、瞬は一心に祈っていた。

王女の用意した謎を読みあげる役目を負った大臣が、ひどく発音しづらい名前を名乗り、広間の中央に進み出てくる。
氷河への同情や無謀を非難する囁きでざわついていた広間は、途端に水を打ったように静まりかえった。

「第一の謎。容易に失われやすいものだが、人はそれ・・なしには生きていけないので、それは失われるそばから新たに生まれ出てくる。それがあれば 人の心は幾度でも蘇り、それが完全に失われた時、その者は生きていても生きていない。人の幸福を神のごとく司るもの。それは何であるか答えよ」
大臣が読みあげた謎は 非常に抽象的なものだった。
自分が答える必要はないのだが、氷河のために瞬は必死に考えた。
それは『愛』だろうか? と、瞬は思った。

氷河は、さほど考えた様子もなく、
「希望、かな」
と軽く答えた。
それが正解だったらしい。

「では、第二の謎。すべての人間がそれ・・のために戦う。名は同じでも、その意味するところは人によって異なり、立場によって異なり、また国によっても異なる。だが、誰もが自分の信じるそれこそが真実のものだと信じているので、それが存在する限り、人の世から争いと悲しみが絶えることはない。それは何か」
今度こそ『愛』だろうと、瞬は思った。
氷河の答えは、
「正義、か」
というもので、それも正解だった。

「最後の謎。幸福から生まれ、幸福を欲するもの。それ・・は、時に人を有頂天にするが、時に人を失意のどん底に突き落としもする。それを手に入れられぬうちは、どんな身分に生まれた者も奴隷にすぎず、それを手に入れた時、どんな身分の者も世界の王となる。それは何か」
それも『愛』だと思うのだが、瞬の自信は揺らいでいた。

氷河はやはりさほど考えた様子もなく、
「恋。それとも俺は、俺の恋人の名を答えればいいのか」
と答えた。
氷河はそれを詰まらぬ謎と思っているようだった。
そんな顔をしていた。
「正解です!」
高らかに宣言する大臣の声は歓喜に震えていたというのに。

「ああ……!」
瞬は、氷河が謎解きに成功したことよりも、氷河が謎解きに失敗しなかったことの方に、まず安堵したのである。
瞬は自分の考えた謎の答えが違っているような気がしなかった。
だから、『希望』も『正義』も『恋』も、すべては愛から生まれるものなのかもしれないと思った。
ともかく、氷河はすべての謎を解いたのだ。
彼は死なない。
彼は彼の賭けに勝ったのである。






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