(『好き』って言われたら、『僕も好きです』って答える。『どういう好きか』って訊かれたら、『よくわからない』って答える。取り乱さず、落ち着いて、自然に笑って答える――) 沢山家の門前で一度自分に言いきかせたことを、貴氏の笑顔に出会った時、瞬はもう一度 胸中で繰り返した。 氷河がそうしろと言っていたのだ。 瞬は、従うしかなかった。 貴氏にいつ その話を切り出されるのかと緊張していた瞬の前に 彼が持ち出してきたのは、だが、瞬が身構え待っていたのとは全く違う質問。 彼は突然、緑の匂いのするテーブルの席で身体を固くしていた瞬に、 「瞬と いつも一緒にいた金髪の彼は恋人?」 と尋ねてきたのである。 想定外の質問に、瞬は答えに窮することになった。 「と……友だちです」 『好きだ』と言われるより はるかに答えやすい質問だと思うのに、なぜか声が震える。 貴氏は そんな瞬を見おろし、微笑を浮かべて ゆっくりと首を横に振った。 「瞬は嘘がへただ」 「え?」 なぜ声が震えるのかはわからなかったが、嘘を言っているつもりなど全くなかった瞬は、貴氏の言葉の意味がわからず、伏せていた顔をあげて、彼の瞳を見詰めることになったのである。 そんな瞬の様子を見て、貴氏は軽く目をみはり、そして 再び元の穏やかな笑顔に戻った。 「気付いていないのなら、気付いてあげた方がいい。彼は君が大好きだから。庭のこちら側から見ていても、それは一目瞭然のことだった」 「そ……そんなことは絶対にありません!」 強い口調で そう断言した時、瞬は、今 自分の目の前で微笑している人が誰なのかを忘れていた。 今の瞬にとって、彼はただ、ありえないことを言う残酷な人だった。 そんなことがあるわけがないではないか。 もし氷河が自分を『大好き』でいてくれるのであれば、彼は、感情らしい感情もなく、表情らしい表情もなく、彼の“大好き”な相手に対して、『大好きだと答えてやればいい』などということを、言うはずがない。 言えるはずがないと、瞬は思った。 病人に向かって怒鳴り声をあげた自分に気付き、瞬が唇を噛んだのは、庭先でレースラベンダーの群生が風に吹かれて、一斉に揺れた時。 貴氏は、大声をあげた瞬を、相変わらず――いつも通りの穏やかな眼差しで見詰めていた――少し寂しげに。 「瞬の自然な表情を初めて見た。瞬は、これまでずっと 僕の前ではいつもよそ行き顔だったのに」 「あ……」 (氷河……! こんな時、僕は何て言えばいいの……!) 助けを求めても、氷河からの答えはない。 うまい言い逃れを思いつくことができないまま、瞬は唇を噛みしめて身体を縮こまらせた。 |