「氷河。相談したいことがあるの。今日の4時頃、サンルームまで来てくれる? 人に聞かれたくないことだから、誰にも言わないで一人で来てね」
「星矢。相談したいことがあるの。今日の4時頃、サンルームまで来てくれる? 人に聞かれたくないことだから、誰にも言わないで一人で来てね。それで、静かに待っててね」

瞬は、その日、氷河と星矢それぞれに そう言って、二人を城戸邸のサンルームに呼び出した。
そこは、主に晩秋から冬にかけて、沙織がお茶を飲む際に よく使う場所だった。
沙織は昼下がりに使うことが多かったが、秋の夕暮れ、その部屋は幻想的で静かな光に包まれることを、瞬は知っていた。
こういう場所、そういう時刻になら、星矢も大声を出す気にはならず、感傷的でロマンチックな気持ちになってくれるに違いない。
そう考えて、瞬は、二人の告白の場をセッティングしたのである。
それでも一抹の不安はあったので、室内には、ムード音楽の巨匠リチャード・クレイダーマンのピアノ演奏が気にならない程度に流れるよう、そのための準備を整えることまでした。

そうして、運命の時。
瞬は、氷河の恋の進展を見守るため、サンルームのガラスドームの覆いを操作する機械のある小部屋に身を潜め、息を殺して、二人の恋人たちの登場を待っていた。
約束の時刻の10分前に氷河が そわそわした様子で、約束の時刻から5分遅れて星矢が 呑気に鼻歌を歌いながら、サンルームにやってくる。

流れているのは、リチャード・クレイダーマン演奏『秋のささやき』。
室内には、夕暮れの初期の感傷的な光が射し始め、サンルームから見える庭では しとやかな桔梗の花が少し寂しげに秋の微風に揺れている。
これでロマンチックな気持ちにならなかったら、その人物の感覚は、一生を陽の射さぬ深海をぬるぬると這いずり回って過ごすヌタウナギ並みに無感動で情緒のないものであるに違いないと、瞬は確信していた。

が。
何ということだろう。
瞬には信じたくないことだったが、瞬の大切な仲間であるところの氷河と星矢は、一生を陽の射さぬ深海をぬるぬると這いずり回って過ごすヌタウナギ並みの感性の持ち主だったのである。
とはいえ、彼等が瞬の期待に反して一向にロマンチックな気分になってくれなかった第一の原因は、瞬の極めて不適切な誘い方のせいだったろう。
つまり、瞬がまもなくここにやってくると早合点(?)していた氷河と星矢は、互いに相手をその場から追い出そうとして大喧嘩を始めてしまったのである。

「おまえ、出てけよ! 俺はここで一人なりたいんだから!」
「貴様こそ、出ていけ。そのツラを見ていると、桔梗の花も間抜けなナスビに見えてくる!」
「なにおーっ。食えない花より、食えるナスビの方がいいに決まってるだろっ」
「そのナスビがボケナスビでは、食っても腹を壊すだけだ。邪魔だから出ていけというのに!」
「ボケナスで悪かったな! 出ていくのはおまえの方だっ」
「貴様だっ!」
「話のわかんねー奴だな! 俺はここで瞬と大事な話があんだよ」
「貴様こそ、どーして、そう聞きわけが悪いんだ! 俺だって瞬とここで二人きりになることになっているんだっ!」
「なにぃ !? 」
「なんだとおっ !? 」

瞬の企ては見事に失敗したらしい。
サンルームに隣接した機械室の隅で息をひそめ、光度調整確認用の覗き穴から二人の恋の行方を見守っていた瞬は、事が露見した瞬間、背中を冷たいものが走っていく感覚に囚われたのである。
「瞬の奴、なに考えてんだ?」
星矢は全く 訳がわからないと言わんばかりの顔で首をかしげていたが、幸いなことに、彼は 訳のわからないことをした仲間に腹を立てている様子は呈していなかった。
立腹した様子を見せていないのは氷河も同様で、だが、彼は、秋の風情を求めて分け入った紅葉の森で 突然 地虫の大群に出くわしてしまった人間のように嫌そうな顔をしていた。






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