いくら広いと言っても、聖域観光に何日も費やすことはできない。 瞬を外に連れ出す理由がなくなると、ハーデスは場所もあろうにアテナ神殿で瞬を脅し始めた。 ハーデス自身は説得しているつもりだったのかもしれないが、それは どう見ても、どう聞いても、見事な脅迫だった。 「余は、そなたの身体を 余の意のままに操ることができる。だが、無理強いはしたくない」 「余は、そなたのために勝利の栄光を諦めたのだ」 「本来なら、余が二界の王となる栄光の時まで 動かすつもりのなかった この身を、余は そなたのために目覚めさせたのだぞ。こうして、そなたに触れるために」 自分の説得(?)の正当性を確保しようとしているのか、たかが人間の目や耳など意に介していないだけなのか、ハーデスは実に堂々と、瞬の仲間たちの目の前で瞬を脅し続けた。 彼が、瞬のために わざわざ目覚めさせた“この身”の手で瞬の頬に触れ、 「瞬。そなたは、余を愛さなければならぬ」 と命じた時には、星矢のみならず紫龍までもが、思わず全身を緊張させてしまったのである。 「僕は――僕の身体を自分の意思で動かすことはできますが、僕自身にも僕の心を完全に支配することはできません」 瞬が、瞬にしては きっぱりした口調で ハーデスの命令の無意味を指摘するのを、氷河は無言無表情で聞いていた。 |