「アテナがそんな神託を下すなんて信じられません……! 万一 神託が真のものだったとしても、その神託に従わなくても、犠牲になる人はいないんでしょう。僕の幸せは――」 “僕の幸せ”は どこにあるのか。 今はそれを見失っている瞬王子は、続く言葉を兄に告げることができなかった。 言葉に詰まってしまった瞬王子に、玉座に着いている一輝国王が、諭すような視線を向ける。 「おまえの気持ちを察することもできない馬鹿王子と一緒にいるより、おまえへの忠義だけで生きているシルビアンと一緒にいる方が、おまえの苦労も少なく 幸せでいられると、知恵の女神が判断したんだろう」 「そんな……。氷河と一緒にいられるなら、僕は どんな苦労をしてもいいの。普通に幸せでなくてもいいの。僕の幸せは氷河と一緒にいられることなの……」 「氷河はもう、おまえを諦めたんだろう。あれ以来、この国に足を踏み入れた様子はないからな。瞬、兄を安心させてくれ。本音を言えば、アテナの機嫌を損ねたくない。アテナは公明正大な女神、神託に従わなかったからといって、エティオピアに不利益をもたらすようなことはしないだろうが、それでも知恵と戦いの女神の加護があるのとないのとでは、国の未来が全く違ってくる」 「でも、僕は――」 「どうせ、氷河はもうおまえの前に顔は出せまい。奴は、確かに馬鹿な男だが、馬鹿なりの義と理は持っている男だ」 「……」 氷河王子が側にいてくれたなら、瞬王子は、兄の言葉にもアテナの神託にも最後まで抵抗していただろう。 だが、『どうせ、氷河はもうおまえの前に顔は出せまい』という一輝国王の言葉が、瞬王子から神託に抵抗する力を奪ってしまったのである。 まして、その神託に従うことがエティオピアの未来のためになると言われてしまっては。 瞬王子は、アテナの神託に抗う道理も名目も力も持つことはできなかった。 |