感嘆せずにはいられないほど見事な防御の技を見せる瞬に対して、手加減なしに繰り出していた星矢の拳が 初めて瞬の頬をかすめ傷を作ったのが、バトル開始から2分後。 防戦一方でいられなくなった瞬が いよいよ反撃に出てくるものと察して(むしろ期待して)、星矢が渾身の拳を放ったのが、その数秒後。 しかし、瞬は、反撃に出てこなかったのである。 反撃どころか、得意の防御の技で我が身を守ることさえ、瞬はしなかった。 星矢の渾身の拳を真正面から己が身に受けた瞬は、その拳圧で 闘技場を囲む壁に叩きつけられ、その一部を壊し、地面に崩れ落ちた。 「瞬!」 どう考えても趣味でやっているとしか思えない審判役の学園長が 不満顔で、 「これはまあ……一応、勝負あった――と言うべきか」 という判定を下すと、それまで闘技場の脇で二人の戦いを見守っていた氷河が 闘技場の中に飛び込み、倒れている瞬の上体を抱き起す。 壁の一部を瓦礫にするほど強く全身を打ったというのに、瞬の意識は はっきりしていた。 「想像していた以上に強い……。氷河も 本当はこれくらいの力があるんでしょう? 星矢の言う通り、氷河はもっとクールになった方がいいね」 「瞬……」 勝負の結果は予想通りであるにしても、あらゆる人間あらゆる物事に無関心を装っていた氷河が 血相を変えて瞬の側に駆けつけるのは想定外。 普段 おちゃらけてばかりいる星矢の、格下相手への容赦ない戦い振りも意外といえば意外。 何かと見どころの多い試合に、見学席の生徒たちは大いに盛り上がっていた。 が、この試合のクライマックスは、勝負がついてから始まったのである。 なんと試合の勝者となった星矢が、この勝負に 物言いをつけてきたのだ。 「瞬! おまえ、手加減しただろ! わざと負けたな。あの小宇宙で、おまえが こんなに簡単に俺にやられるわけがない!」 「え」 「おまえ、俺を馬鹿にしてんのか !? 」 「星矢……」 もしかしたら拳を合わせていた時より激しく小宇宙を燃やしている星矢を、氷河の腕に抱きかかえられたままの瞬が 泣きそうな目で見上げ見詰める。 それから瞬は、ゆっくりと首を横に振った。 「そうじゃないよ。僕は手加減したわけでも、わざと負けたわけでもない。僕は人を傷付けたくないの。なのに星矢が強すぎて、それが嬉しくて、我を忘れそうになった――」 「へっ」 「僕、嬉しかったり、怖かったり、腹が立ったりして感情が高ぶると、我を忘れて、それで よくないことをしてしまうらしいんだ……」 「よくないこと……?」 「してしまう いつのまにか闘技場内に下りてきていた紫龍が、星矢とは違う箇所に突っ込みを入れてくる。 瞬は項垂れて、 「我を忘れてから、自分が何をするのか、僕、憶えてないんだ……」 と、心許ない答えを返してきた。 それから、更に力のない声で 瞬が語り始めたのは、瞬が この学園に来ることになった経緯だった。 「僕、自分の力を制御できないの。僕が ここに来る前にいた施設が――アテナの聖闘士ではないんだけど小宇宙を使って戦う得体の知れない人たちに襲われて、その人たちが 僕が世話をしていた子供たちに危害を加えようとしたんだ。アテナの聖闘士を差し出さないと、子供たちを殺すって言って。その時には、僕、アテナの聖闘士というのが何なのか知らなくて、だから正直に そう答えた。そうしたら、その人たち、本当に子供たちを殺そうとしたんだ。小さな子供だよ。小宇宙を使って戦うような大人に蹴り飛ばされただけでも全身が砕けてしまいかねない非力な――」 その時のことを思い出したのか、瞬は一度 大きく息をつき、苦しそうに眉根を寄せた。 「僕は、子供たちを守らなきゃって思って、その人たちに向かっていった。得体の知れない――常人にはあり得ない力を使う人たちだったから、僕は恐くて――恐くて、恐くて、僕は自分が彼等に何をしたのか憶えてない。我にかえった時には、施設を襲ってきた人たちは全員、息をしているのが不思議なくらいの瀕死の状況で、2階建ての施設の建物は、巨大な竜巻の直撃でも受けたみたいに壊れてしまっていた。そして、子供たちが泣いていた。僕が近付こうとしたら、子供たちは 僕を恐れて逃げていったよ……」 「瞬……」 それは、瞬が、自身の小宇宙で“敵”のみならず、子供たちの生活の場であった施設の建物までを破壊してしまったということなのだろうか。 戦争や理不尽な暴力のせいで不幸になる子供たちをなくしたいと願う瞬が、そのために子供たちに恐れられるものになったということなのか。 いい意味で単純な星矢は、先ほどの試合の手加減のことなど すっかり忘れ、完全に瞬への同情モードに入っていた。 「どうしたらいいのか わからなくて呆然としていたら、学園長が来たの。そして、言った。この惨状は、地上の平和と安寧を乱す邪悪の徒をアテナの聖闘士が倒したことに端を発していて――そのアテナの聖闘士の大切なものが ここにあるから、ここが襲われることになったんだ――って。誰のものなのかは わからないアテナの聖闘士の小宇宙が ここにはあって、その小宇宙に引かれて 彼等はここに来たんだろう――って」 「誰のものか わからない小宇宙?」 「僕は、学園長の言うアテナの聖闘士というのが兄さんのことで、誰のものか わからない小宇宙というのも兄さんのものだろうと思ったんだけど……」 その発言をした当人が、ここにはいる。 瞬は その人を振り仰ぎ、瞬の視線を受けた学園長は、いかにも億劫そうな顔をして 顎をしゃくった。 「アテナの聖闘士でない者に アテナの聖闘士のことは教えられないと言っただろう。俺は、敵を倒す際に少々やりすぎた ある聖闘士に仕置きを与えるため、その男の小宇宙を追って、瞬のいた場所に辿り着いたんだ。だが、その場を覆っていたのは、俺が追っていた男の暑苦しい小宇宙とは似ても似つかない やわらかな小宇宙で――だが、途轍もなく強大な小宇宙だった。俺は一瞬もためらうことなく、瞬をパライストラにスカウトした。契約金は、破壊された施設の再建費用全額」 「それ、人身売買って言わねーか」 「多少やりすぎたにしても、邪悪の徒を倒した聖闘士に仕置きができるとは、いったい あなたはどんな権限を持っているんだ」 「瞬をここに連れてきてくれたことには感謝するが――」 一つの事件事象に対して、人の抱く考えは 人それぞれである。 だが、学園長は、それらの意見に いちいち懇切丁寧に対応する親切心は持ち合わせていなかったらしい。 彼は、 「瞬は、金銭を供与しなくても俺についてきていただろうな。アテナの聖闘士でない者に アテナの聖闘士のことは教えられないと言っただろう。俺は、貴様に感謝されたくて 瞬をここに連れてきたわけではない」 と言って、一気に三人分の質問を処理した。 そうしてから、彼にしては親切なことに補足説明を加える。 「今現在アテナの聖闘士ではない おまえたちに教えられることは、俺が瞬をスカウトしたのは、瞬に小宇宙を燃やす術を教えるためではなく、その小宇宙を制御する技術を学ばせるためだったということくらいだ。こんな危険なものを聖域の管轄外の場所に置くわけにはいかないからな。できれば、瞬に聖衣を まとわせて、その聖衣で瞬の小宇宙を抑え込むのがいいと思った。ついでに、アテナの聖闘士になるにしては志の低すぎる貴様等に、瞬を見習わせることを考えた」 「へ…… !? 」 |