結局、再び 瞬の浴室からシャットアウトされてしまった氷河は、 「瞬と一緒に風呂には入れなくなったが、瞬の中には入れるようになったからな。ベストではないが ベター。それでよしとする」 とか何とか、ふざけたことを言って、相変わらず前向きを極め、瞬は静かなバスタイムを満喫できるようになった。 『ベストではないが ベター』。 まるで大人の分別を総動員して妥協したように氷河は言うが、星矢の目に、氷河は相変わらず地上で最も幸せな人間であるように見えた。 そして、そう感じる自分が、星矢は少なからず不思議だったのである。 「氷河もハーデスも同じように馬鹿で 同じように我儘なのにさ、なんでだか、氷河はどこまでも おめでたくて、ハーデスはちょっと気の毒って 気がするんだよな。結局、ハーデスは氷河を遣り込めることはできなかったわけだしさ」 今日も今日とて、嬉しそうに瞬に まとわりついている氷河を眺めながら、星矢がぼやく。 紫龍は、だが、それを不思議なこととは思っていないようだった。 「それは あれだな。同じように馬鹿で 同じように我儘でも、氷河とハーデスは 望んでいるものが違うんだ」 「望んでるものが違う? どう違うんだよ。おんなじだろ。あいつら二人共、瞬の裸が見たかったんだ」 「いや……まあ、それはそうなんだが……」 その点に関しては、紫龍も異論はないらしい。 彼は、この状況に合点がいかずに 心もち口をとがらせている星矢に苦笑した。 「つまり、ハーデスが望んでいるものは、憎らしい氷河の不幸。氷河が望んでいるものは、自分と瞬の幸福だ。世の中は、人の不幸を願う人間より、人の幸福を願う人間の方が幸せになれるようにできているんだ。ある人間が 自分の敵を陥れようとして どんな画策をしても、人は――それこそ氷河のように勝手に幸せになってしまうものだからな」 「ああ、そりゃあ、氷河を不幸にするのは確かに至難の技だよな」 言われてみれば、この騒動の間、氷河は自分と瞬をしか見ておらず、自分をアヒルやウサギにしたハーデスのことなど歯牙にもかけていないようだった。 氷河は、自分を窮地に(?)陥れた男に仕返しをしようとか、報いを与えてやろうとか、そんなことは全く考えていなかったのだ。 ハーデスは勝手に一人で空回りをしていただけだった。 してみると、忌々しい人類の死滅を願っている限り、ハーデスは永遠に幸福になることはできないのかもしれない。 他者の不幸不運を願っている人間は、決して幸福になることはできないのだ――。 そんなことを考えている自分を顧みて、星矢は胸中で小さく笑うことになったのである。 瞬の風呂場の浴槽に、思いがけない人生の真理が ひそんでいたものだと。 Fin.
|