「それはさておき、氷河の社会性の問題だ。初対面の者たちが知り合い、場合によっては特別に深い親交を育もうというという合コ……親睦会で発言が一つもないというのは、やはり失礼かつ非常識だろう」 紫龍の話題転換に、氷河が露骨に不機嫌な顔になる。 それは そうだろう。 彼は自ら望んで 合コンなるイベントに参加したわけではなく――いわば、騙し討ちにあって無理矢理 出席させられたのだ。 その首尾が芳しいものでなかったとしても、それを非難される いわれはない。 「話したいこともないのに、なぜ 無理に口を開かなければならんのだ」 「でも、名前を名乗るくらいは、礼儀の範疇だろ!」 「名前を知ってほしい人間になら、俺も名前くらい名乗る」 「そういうのは、おまえの意思や好みの問題じゃなく、礼儀だって言ってんだよ、俺は。だいいち、そこまで他人との会話を拒む必要がどこにあるんだよ。相手が地上世界の支配を目論んでいる邪神の手先だってんなら ともかくさ」 「拒む必要はないかもしれないが、あえて受け入れる必要もないことだろう。敵でも味方でもない者に、俺は興味はない」 氷河は、それが一般的で自然な考え方であるように言うが、この世界に生きている人間の大部分は 氷河の敵でも味方でもない者たちである。 そういった人々との交わりを遮断していたら、氷河の世界そのものが狭いものになってしまう。 それは あまりよろしくないことなのではないかと、瞬は考えた。 恐る恐る、ごく控えめに、 「あの、なら、氷河が お話してみたいと思う人と会うようにすればいいんじゃないかな……」 と、瞬は氷河に提案してみた。 その提案に対する反論が、なぜか星矢から返ってくる。 「そういう相手を見付けるためのイベントが合コンだろ」 「そんな人間は見当たらなかった」 「そんなの、話をしてみなきゃわかんねーじゃん。なのに、おまえは、その“話をする”ができてないんだよ! 瞬、こいつをどーにかしてくれよ!」 「どうにかって……」 「おまえは、青銅一のコミュニケーション能力を誇る調和型聖闘士だろ! 氷河に、その能力の1割でいいから伝授してやれよ」 「そんなこと言ったって……」 氷河に欠けているのは、コミュニケーション能力そのものではなく、必要性だと思う。 語り合いたい人、語り合いたいことがあれば、氷河は なめらかに言葉を編むこともできる人間だった。 しかし それは、第三者に与えられるようなことではない。 対処に困って肩をすぼめてしまった瞬に 救いの手を差しのべてくれたのは、瞬が手を差しのべることを求められている当人であるところの氷河その人だった。 「瞬を困らせるな」 「誰のせいだよ!」 『おまえのせいだ!』と言いたげな顔を、氷河は作った。 だが、その一言を口にしてしまうと、一言では済まない反論が星矢から返ってくるだろうことは 火を見るより明らか。 そう考えて、氷河は その一言を喉の奥に押し戻したらしい。 しばし熟考する素振りを見せてから、 「マーマの話をしてもいいのなら。マーマの話なら、いくらでもできるぞ」 と告げてくる。 氷河の健気な(?)提案を、星矢は問答無用で却下した。 「合コンでは、マザコン男は いちばん嫌われるの! おまえ、そんなんじゃ、いつまで経っても彼女の一人もできねーぞ!」 「俺は、そういうものが必要だと思ったことがない」 「おまえが必要だと思わなくても、それは必要なもんなの! 必要なのが自然で普通なんだよ! 瞬! こいつを どうにかしろって!」 星矢は どうして いちいち 氷河の問題を自分に振ってくるのかと、瞬は仲間の言動を訝ったのである。 彼女など必要ではないと、氷河が ここまで きっぱり明言しているのだ。 それなら、それでいいではないか――と。 氷河が他者との交流を望んでいるのなら、その実現のための協力を惜しむつもりはないが、肝心の氷河が それを望んでいないのでは話にならない。 積極的に他者との交流を持とうとしないことは、氷河の世界を狭くすることで――否、広げないことで――確かにそれは あまり好ましいことではないと思う。 だが、氷河は、狭い世界で深く生きることを知っている人間なのだ。 それでいいではないか――と。 「星矢。氷河の将来を心配する星矢の気持ちはわかるけど、そういう出会いって、いつか自然に訪れるものなんじゃないかな」 「その“いつか”が明日だったらどうすんだよ。今のうちにコミュニケーション能力を養っといた方が いいに決まってるだろ!」 「明日、氷河が……?」 「ああ。いや、出会いが明日なら、まだ いいぞ。既に運命の相手に出会ってるのに、コミュニケーション能力欠如で うまくアプローチできないでるんだったら、俺たち、氷河のために力を貸してやるべきじゃん。おまえ、そう思わねーのかよ?」 そう言いながら、星矢が瞬の表情を探るように、瞬の顔を覗き込んでくる。 「もう出会っていたら? もしかして、氷河、好きな人がいるの? 星矢は、そのこと知ってたの? やだ、それなら そうと先に言ってよ。僕、星矢は なに焦ってるのかと、変に思っちゃったじゃない」 「……」 無邪気に瞬に問われた氷河が、暗い沈黙を作る。 星矢は 慌てて、ぶんぶんと勢いよく首を横に振った。 「例え話だ、例え話! 氷河に好きな女なんかいるわけねーだろ。俺は ただ、その時 氷河がどう振舞うべきなのかを、氷河が事前に知っといて損はないだろうと思っただけで――。ほら、合コンって、いい予行演習になりそうじゃん」 「そうなの……?」 星矢の慌てた様子に、瞬は首をかしげた。 氷河は 本当に 彼の運命の人に まだ出会っていないのだろうか。 実は既に出会っていて、星矢も それを知っている――もしくは、察している――のではないか。 だが、何らかの事情で、その事実をアンドロメダ座の聖闘士に言えずにいるのではないだろうか――。 実際のところは どうなのか、確かめたい気持ちがないわけではなかったのだが、命をかけた戦いを共に戦ってきた仲間にも隠しているというのであれば、氷河が その件を公にしないことには何か深い事情があるに違いない。 それは実に繊細な問題。 第三者が好奇心で根掘り葉掘り 訊いていいようなことではない。 瞬は そう思った。 そう思うと同時に、その出会いがあった時――あるいは既に出会っているのだとしても――氷河が その人に対して どう振舞うのが望ましいのかということを 氷河が知っておくことは、確かに 星矢の言う通り 必要なことなのかもしれないと、瞬は考え直したのである。 その時、その人の前で、不器用な氷河は、自分がどう振舞うべきなのかを思いつくことができず、まともに口をきくことさえできないかもしれない。 そんな氷河に必要なのは、知識と学習、そして訓練なのだ。 他でもない氷河のために――瞬は 氷河の その時の行動について、真面目に考えることを始めたのである。 |