「氷河って、あーゆー奴だったっけ?」 クリスマスが一週間後に迫った、城戸邸のラウンジ。 瞬と共にツリーの飾りつけにいそしんでいる氷河を眺めやり、星矢は紫龍にぼやくように尋ねた。 「あーゆー奴だろ。少しも楽しそうじゃない」 平和なクリスマスが嬉しくてたまらないかのようににこにこ笑っている瞬の手に金色のベルを手渡す氷河は、それ以外の表情を知らないとでもいいたげな無表情で、とてもこの作業を楽しんでいるようには見えない。 それでも彼は、『手伝って』と頼まれたわけでもないのに、瞬の手伝いを始めたはずなのだが。 瞬は、氷河の無表情には慣れているのか、星矢が捉われているような違和感は感じてもいないらしい。 城戸邸のメインホールに飾られている巨大なクリスマスツリーとは比べものにならないほどささやかなツリーが徐々に華やぎを増していくのを、瞬は嬉しそうに見詰めていた。 「でも、ちょっと残念だね。さっきテレビで言ってたけど、今年は暖冬で…」 言葉とは裏腹に、やはりほのかに微笑んで氷河に話しかけた瞬の上に、ふいにちらちらと白いものが降ってくる。 それは、氷河が作った、ほとんどダイヤモンドダストに近い雪の結晶だった。 「わあ…!」 途端に瞳を輝かせ小さな歓声をあげた瞬に、しかし、氷河は相も変わらず 表情のない視線を投げている。 「そっか。氷河がいれば、暖冬なんて気に病むことじゃないんだ。イブにも お願いしていい?」 瞬に尋ねられると、氷河は、限りなくダイヤモンドダストに近い雪を降らせ るのをやめ、無言で瞬に頷いた。 飾りつけの終わったツリーよりも明るく輝く瞬の笑顔をまっすぐに見詰める 氷河の瞳は、真冬の北の海より冷めた青色をしていて、星矢には到底、氷河 が瞬の頼みを快く受け入れたようには見えなかった。 「ふつー、降らすか、部屋ん中に雪なんか」 「自在に雪を降らすことのできる奴を、氷河の他に知らないから、俺には何と も言えないが…」 そう答える紫龍も、半ば呆れ顔である。 「瞬も、ガキん頃から、よく面倒見るよな。無反応でつまんねー奴とか思わ ねーのかな」 「ま、ヌイグルミよりは反応もあるだろうし」 「でも、ヌイグルミの方が可愛いじゃん」 ラウンジの一角にあるリビングセットにそれぞれの格好でくつろぎつつ、 好き勝手なことを言い合っている星矢と紫龍の声は、瞬には聞こえていない。 ヌイグルミより愛想のない氷河との会話(?)を、瞬は相変わらず楽しそう に続けていた。 「これって、僕たちが小さかった頃、飾ってたツリーだよね。あの頃は沙織 さんは本館の方で、大勢のお客様呼んで盛大なパーティ開いてたけど……今 年はこっちにも顔を出してくれるかな…」 幼い頃にはそれでも見上げなければならなかったツリーが、今は瞬の肩ほど までしかない。 昔を懐かしむ表情になった瞬に、氷河が本日最初の声を発した。 「引っ張ってくればいい」 それまで、瞬のやわらかい声の響きに慣れ親しんでいた星矢と紫龍の耳が、 突然室内に響いた氷河の抑揚のない低い声にびっくりする。 「ん……そうできたらね…」 沙織の多忙を知っている瞬の瞳が曇るのを見て、氷河は本日二度目の声を 発しようとした――らしかった。 が、それは、突然ラウンジに闖入してきた、某辰巳徳丸氏のだみ声に打ち 消されてしまったのである。 「なーに、図々しいことを言ってるんだ、貴様らはっっ!! 仮にもグラード 財団の総帥であるお嬢様が、よりにもよってイブの夜に、貴様らの相手など していられるはずがないだろうがっ! お嬢様のためにちょっとばかり面倒 な仕事をしとげたからって、あつかましいことを考えるんじゃないっっ!!」 何があっても変わらない人間というものが、この世には確かに存在する。 アテナのために命を賭した聖闘士たちの闘いを、決して知らないわけでは ないのだろうに、辰巳の意識は、6年前城戸邸に集められた子供たちに対す るそれと、全く変わっていないらしい。 そんな辰巳を少し悲しそうに見上げる瞬を、氷河はやはり無言で見詰めて いる。 その顔には、相変わらず感情らしきものは見い出せない。 「氷河、貴様もだ! 『引っ張ってくればいい』だと!? 図々しいにもほど があるぞ! そんなロザリオ、後生大事に持ってやがったって、クリスチャ ンを気取るには、貴様は大勢の人間を傷つけすぎているんだよ!」 それまで、ひたすら悲しげに睫を伏せていた瞬が、辰巳のその言葉にはっ と顔をあげる。 瞬が、らしくもなく厳しい眼差しを辰巳に向けるのと、氷河 が辰巳の横面を殴りつけるのがほぼ同時、だった。 「……っ!!」 普通の人間に殴られたのとは訳が違う。何気なく触れた指先で岩をも砕く 聖闘士に、手加減も加えられずに殴られたのである。辰巳は、声をあげるこ とすらできずに床に叩きつけられ、衝撃を感じる余裕すらないまま気を失った。 その体を、更に蹴りつけようとする氷河を、瞬は慌てて引きとめた。 「氷河、だめっ! 氷河がこの人を憎む気持ちはわかるけど、僕たち、こん な人のために闘ってきたのかって憤る気持ちはわかるけど、こんなふうに氷 河を傷つける人、僕だって許せないけど、でも、これ以上何かしたら、この 人、死んじゃう…っ!!」 今にも涙を零しそうな顔をして、切なげに氷河の胸に手を添え、氷の聖闘士 を押しとどめようとする瞬を、氷河は、やはり無表情のまま見おろした。 そして、抑揚のない声で、 「俺は別にこいつを憎んでなどいない」 とだけ、告げる。 「え?」 「こいつの言ったことは、ただの事実だ。こいつの言葉なんかに、俺は傷つ かない」 「だ…だって……じゃあ、なんで、こんな……」 床にのめりこむように倒れている辰巳と、その辰巳に一瞥さえくれない氷 河とを、瞬は、戸惑いながら交互に見やった。 氷河が、無感動にもとれる口調で、瞬に答える。 「おまえが望んだからだ」 「ぼ…僕が…?」 「こいつが消えて無くなればいいと、おまえ、思っただろう、さっき。俺は おまえの目が命じたことをしただけだ」 「……」 瞬が、今度こそ言葉を失う。 確かに、ついさっき、氷河への心無い辰巳の暴言を聞いた時、瞬はそう思 った。 『こんな人、消えて無くなってしまえばいい!』――と。 だが。 「…氷河、どうして…」 そんなことがわかるのかという瞬の戸惑いさえ、氷河は言葉で聞く前に察 したようだった。 「見ればわかる。おまえの目」 「……」 明確で端的な氷河の答えに、だが、瞬の混乱は更に激しくなった。 それでも、この場は、氷河にこれ以上力を使わせることを止めるのが先と 判断し、もう一度、氷河の青い瞳を見上げ、見詰める。 「でも、やめて、もう」 瞬の懇願に、氷河はあっさりと首肯した。 「ああ。これ以上は望んでいないな」 瞬がそれを望んでいないのなら、気を失って床に転がっている男の存在に など、氷河は全く関心がないらしい。 辰巳にくるりと背を向けて、氷河は、壁際のアームチェアーに投げ出すよ うに自分の身を沈め、また、まっすぐな視線を瞬に向けて微動だにしなくな った。 傍らで見物人を決め込んでいた紫龍が、仕方がないので、内線電話の受話 器を取り上げ、どう考えても骨の5、6本は折れている辰巳の身柄の始末の 手配をする。 星矢は、これまた氷河同様辰巳の具合など気にした様子もなく、興味津々 で身を乗り出してきていた。 「なっ、なっ、氷河。目を見りゃわかるって、それって俺のもわかるのか? 今、俺が何を食いたがってるかとか、何を飲みたがってるかとか」 「いや、全く」 いっそ殴り殺してやろうかと思うほどそっけない氷河の答えへの憤りを、 B型人間の星矢は一瞬にして忘却した。 「じゃあさ。あのさ。瞬が今、何を考えてるかはわかるのか?」 辰巳を城戸邸付きの看護婦の手に渡して仲間たちの許に戻ってきた瞬の、 僅かに困惑に歪んだ眉と、切なげな瞳の色とを数秒間見やり、氷河は微かに 顎を引いた。 「今、ここで?」 そう、氷河に尋ねられた途端に、瞬の頬がぱっと桜色に染まる。 次の瞬間には、踵を返して、瞬はラウンジを駆け出ていってしまっていた。 慌てた様子も見せず、むしろ緩慢にも思える歩度で、氷河がその後を追う。 ラウンジには、呆気にとられた星矢と紫龍だけが、暖かく微笑むようなク リスマスツリーと共に残された。 「……氷河って、実は超能力者か?」 瞬が何を考えていたのかはわからないが、氷河が瞬の図星を突いたことだけは事実のようである。疑念よりは感嘆の勝った星矢の問いかけに、紫龍は軽く唇の端をあげて肩をすくめた。 「まさか。……だが、誰にでもわかることなのかもしれないな。本当に真剣にひとりの人だけを見ていれば」 紫龍の言葉に、星矢は思いきり嫌な予感に襲われた。心底嫌そうに、顔を歪める。 「真剣にひとりの人だけ…って、まさか、氷河の奴……」 「…の、ようだな」 「う……」 意識せずに、星矢は更に顔を歪めた。 不快というのではない。 星矢はただ、直感的に、『似合わない』と思ったのである。 瞬が、明るく暖かい陽光と可憐な花々が輝くように咲き満ちている春の野原なら、一方の氷河は、薄墨色の光しか射さない極寒の不毛の地で、土中の僅かなミネラルを養分にして生きつないでいる地衣類のようなものではないか。 星矢はこめかみに刺し込むような痛みを覚えた。 今にして思えば、氷河がツリーの飾りつけの手伝いを始めたのも、室内で雪を降らせてみせたのも、すべては、瞬の目を見て、それが瞬の望みだと察知したから、だったのだろう。 沙織は来られないという辰巳の言葉を聞いた時の氷河が無反応だったのは、瞬がその宣告を悲しむばかりで、その目が氷河に何も“命じて”くれなかったから、だったのだ。 「ど…どーすんだよ、いったい……」 「どーするもこーするも、なるようになるとしか……」 紫龍の返答は、正しく傍観を決め込んでいる第三者のそれだった。 当の二人以外の人間に事態の打開はできない――のは、事実なのだろうが。 「なるようになる…って……」 「放っておけばいいさ。瞬の目が命じなきゃ、氷河は瞬の手も握れないんだろう?」 「そーゆー問題かーっっ!!!???」 星矢には、傍観者を決め込むことはできなかった。そもそも、そんなことのできるキャラに、『聖闘士星矢』の主役など張っていられるわけがない。 星矢は目いっぱい声を荒げた。 「瞬はなーっ! 瞬はほだされやすいんだよっ! 痩せたノラ猫見たら、爪立てられたって抱きあげちまう奴なんだからっ!」 「しかし、いくらほだされやすいと言っても、相手はあの氷河だぞ。奴は、ノラ猫のようにか弱く鳴いてみせる術も知らない男だ」 「それはまあ……そうだけど、さぁ…」 そして、よくよく考えてみれば穴だらけの理屈に、たやすく説得させられてしまうのも、ストーリー展開をスムーズに行なう役目を担った主人公らしい順応力、と言えば言えた。 だが、ここは、勧善懲悪熱血オコチャマアニメの世界ではない。 一週間後の聖なる夜、この話の主役が誰なのかを、星矢は思い知ることになったのである。 「あの…星矢、紫龍……相談があるんだけど……」 沙織を交えての和やかでささやかな――だが、だからこそ清澄な、聖闘士だけのパーティを終えた後、自室に戻ろうとしていた星矢と紫龍は、思案顔の瞬に引き止められた。 瞬がちらりと氷河を見ると、氷河は黙ってラウンジを出ていく。 おそらくは、『氷河には席を外していてほしい』という瞬の目の懇願を読み取ったから、なのだろう。 その意思疎通の―― 一方的意思疎通の ――見事さにあきれつつ、星矢と紫龍が、瞬の相談事を聞くためにラウンジのソファに腰をおろす。 そんな彼等に投げかけられた瞬の声は、しかし、かなり悲痛な響きを呈していた。 「あの……僕、すごく困ってるんだ。氷河、ほんとに僕の考えてること、みんなわかっちゃうみたいで……」 「えー、いいじゃんか、適当に使ってやれば。『お茶飲みたい』って思えば、お茶いれてきてくれるんだろ? 便利便利」 さすが単純熱血主人公は、既にこの事態を受け入れてしまっている。 お気楽この上ない星矢の意見に、瞬は泣きそうな顔になった。 「そこまではわからないみたいだけど……でも、『何が飲みたい?』くらいは訊いてくるんだからっっ!」 「そりゃあ便利だ。俺も氷河が一人欲しいくらいだ」 直情径行主人公の友情に感化されている紫龍とて、信用はならない。 瞬のいちばんの不幸は、氷河に懐かれたことより、相談相手がこの二人だということなのかもしれなかった。 「そーゆー問題じゃないのっっ!!」 瞬の必死の訴えにも肩をすくめるだけの熱血主人公とその友人に事態の深刻さを知らしめるため、瞬は意を決した。意を決して、口を開いた。 「あの時……氷河が辰巳さんを殴り倒しちゃって、その後、星矢、氷河に、僕が何考えてるのかわかる? って訊いた時、僕が何を考えてたかわかる?」 「俺たちは氷河じゃないからな」 紫龍の答えは至極尤も、だった。 瞬が、蚊の鳴くような声で言葉を継ぐ。 「僕、あの時……大好きだったお母さんも、尊敬していた先生も、大切な友達も失くして、でも、氷河は、それでも誰かが必要で、もがいて苦しんでるんだ…って思って、そしたら、なんでそれが僕だったのかはわかんないけど、なんだか氷河がかわいそうになってきて、それで、僕、氷河をぎゅって抱きしめてあげたいな…って思ったの……」 「……」 「……」 星矢と紫龍が、かっきり5分間言葉を失う。 5分が経過してから、星矢は盛大に音を立てて舌打ちをした。 「ほら、見ろ、紫龍。瞬の奴、やっぱりほだされちまった」 「うー……」 自分にはそれなりの判断力があると思い込んでいる人間ほど、その判断の誤りに気づいた時の対応は不得手である。 うめき声を洩らすことしかできないでいる紫龍の横から、単純熱血主人公が鼻の頭をこすりながら、意識して冗談ぽく瞬に尋ねた。 「で? 瞬、今度はおまえ、氷河に抱きしめてもらいたいなんて、目で命じちまったわけ?」 もちろん星矢は、否定の言葉を聞けるものと信じて、そんなことを尋ねたのである。 だが、星矢は、瞬から期待通りの返事をもらうことはできなかった。 つまり、瞬は、星矢の言葉を否定しなかったのだ。 「星矢、助けてよ! ほんとに氷河にその……そんなことされたりしたら、僕、困るんだってばっ!!」 「助けて…って言われても、なー……。おまえが望むことなんだろ、それ」 望んでいても実現しては困る――人間はそんな矛盾した望みを望むこともあるのだという事実が、単純熱血主人公の星矢には理解できない。 そしてまた、星矢とは異なった次元の理由で、氷河もまた、瞬のそういう複雑な心情を見てとれないのだろう。否、彼は、ただまっすぐに瞬の真情だけを見抜いてしまうのだ。 「氷河のいるとこでは、目ェつぶってればー?」 無責任極まりない星矢の忠告を、紫龍が分別顔でたしなめる。 「それじゃあ、好きにしてくださいって言ってるようなものじゃないか」 「あ、そっか」 星矢には、全くもって深刻さが欠けている。それでいて、当人は真剣なつもりなのだから、これはタチが悪い。 さすがに紫龍が、これ以上星矢に瞬の相談相手をさせておいても得るものはないと判断したのか、星矢の腕を掴みあげて、彼をソファから立ちあがらせる。 「俺たちにはどうしようもないな。瞬、悪いが……」 言葉でごまかしてしまえない相手を、第三者である星矢や紫龍にどうこうできるわけがない。紫龍は、そこいらへん、見切りが早かった。 すがるような瞬の視線に少しばかりの――もとい、かなりの同情心を抱きはしたが、今の紫龍にできるのはただ、星矢の真剣で無責任なカウンセリングを切り上げさせてやることだけだったのだ。 紫龍と星矢がラウンジを出ると、そこにはひんやりとした冬の夜の冷気が満ちていた。 それが、自然の作り出した冷気でないことは、聖闘士である星矢と紫龍にはすぐにわかった。 腕組みをして廊下の壁にもたれた氷河が、ラウンジの扉を表情もなく――否、親の仇でも見るような目をして睨みつけていたのだ。 おそらく彼はずっとここで、瞬のお呼びがかかるのを待っていたのだろう。 その顔に可愛げはないが、その行動は確かに健気である。瞬がほだされてしまったとしても、それは仕方のないことなのかもしれなかった。 「氷河、俺たちの用は済んだぜ」 星矢に声をかけられても、氷河は相変わらず無表情で無愛想だった。 瞳も、真冬の北の海と同じ冷めた青色だった。 だが、星矢は、その冷たい海の底に、微かに輝く小さな砂の粒を見つけたような気がしたのである。 それは、待ち焦がれた遠足の日の朝、窓の外に、どこまでも晴れあがった青空を見いだした子供の瞳の輝きにも似た光を放ち、だが、その数百倍数千倍もの熱望と憧憬とを潜ませた何か、だった。――星矢には、そう見えた。 「……なるほどな」 紫龍もまた、自分たちと入れ違いにラウンジに入っていった氷河の瞳の輝きを見てとったらしい。 星矢と紫龍は、そして、今になってわかったような気がしたのである。 氷河は、その感情を隠していたのでも、偽っていたのでもなかったのだということに。 自分たちは、この無愛想な仲間を毎日ただ眺めているだけだったから、彼がどれほど瞬を追い求めているのか、その思いの激しさと切実さに気づかずにいただけだったのだということに。 氷河が押し隠していたのではなく、自分たちが見ようとしていなかっただけなのだ――と。 「多分、瞬は感じてはいたんだろうな。いくらほだされやすいといっても、あの慎重派の瞬が、たった数日で氷河みたいな奴にイカれてしまうはずがない」 「そーだなー。瞬はいつも氷河を見てたから」 星矢も、ほんの少しだけ真面目な顔になって、氷河を吸い込んだラウンジの扉を見やる。 だが、彼はすぐに、単純熱血主人公らしい能天気な笑顔を取り戻した。 「つーまーりー! 俺たちの出る幕はないってことだよな!」 「その通りだ。瞬を氷河の手から救い出すことができなくても、俺たちが罪悪感を感じる必要はない」 そんなモン、少しでも感じていたのかーっっ!? などと突っ込みを入れてはいけない。彼等はアテナの聖闘士なのである。であるからして、友情には厚いはずなのだ。 2000年の昔、神と天使たちの祝福を受けて、ひとりのみどり子がこの世に生を受けた夜。 メシアの誕生を祝ってはしゃぎまわる天使たちの歓声のようにきらめく雪が、イブの空に舞い始めていた。 「や…やだ、星矢、紫龍、助けてよーっっっ!!!!」 閉じられた扉の向こうからは、瞬の悲痛な叫びが聞こえてきたが、天馬座の聖闘士と龍星座の聖闘士は、もちろん、その声を聞かなかったことにした。 ――氷河と瞬の聖なる夜の出来事を知っているのは、氷河の青い瞳だけである。 |