「あの……星矢、紫龍。相談があるんだけど……」 平生なら雨の日でも風の日でも明るい春の陽射しのような笑顔をトレードマークにしている瞬に、思いつめた様子で呼びとめられて、星矢と紫龍は、元旦早々嫌な予感に襲われた。 星矢と紫龍は、瞬の相談事というものに、あまり良い印象を持っていなかったのである。 クリスマスイブの時もそうだった。 瞬はあの後、氷河の手から泣いて逃げまわったらしいのだが、氷河に捕まえられてしまうと、実に素直に氷河に自分の望みを叶えてもらってしまった――ようなのだ。 具体的に、その望みがどの程度のものだったのかを瞬に尋ねることは、さすがの星矢と紫龍にもできなかったのだが、あれ以来毎晩氷河が瞬の部屋に消えていくことからして、それは推して知るべし、である。 「だって……氷河の目見たら、僕、動けなくなっちゃったんだもの…。それでつい『僕、怖がってなんかいないよ』って言っちゃったんだ」 とは、翌日の瞬の弁。 うっすらと頬を上気させてそう告げる瞬に、星矢と紫龍は『もー、勝手にしれくれ』状態だったのだ。 氷河は、相変わらず、以前と同じ無表情男をしていたが、あれ以来少し注意して氷河を見るようになっていた星矢と紫龍には、氷の聖闘士の微妙な変化が感じとれていた。つまり、すなわち、要するに、この年末の一週間を、氷河が無表情で浮かれて過ごしていた――という事実を、である。 「あれ。ところで、氷河は?」 「あ、今、ちょっと廊下に……」 とりあえず、瞬の相談事を聞くためにラウンジのソファに腰をおろした星矢に、ちらりとラウンジの扉を見やってから、瞬が答える。 星矢は、僅かばかり肩をすくめて、鼻の頭をこしこしとこすった。 「はーん、また、そのお目々で、外にいろって命じたわけだ。ほんと便利だよなー、おまえの目って」 「便利なのは氷河の方だろう、むしろ」 紫龍は、感心しているのか呆れているのかが判断し難い口調である。 紫龍自身、自分がそのどちらの感情により強く支配されているのかがわからなかったらしい。仕方がないので、彼は曖昧な微笑を口元に刻んだ――刻もうとした。 が、その限りなく苦笑に近い紫龍の微笑は、瞬の鋭い声に遮られてしまったのである。 「ちっとも便利じゃないっ!!」 瞬は、両の肩を怒らせて、これまた、怒っているのか泣いているのかの判断に苦しむ表情だった。 「あれから、氷河、毎晩僕の部屋に来るんだよ!」 「みたいだな。でもさー、それって、おまえが望むことだからなんだろ?」 「良かったな、瞬。望みが叶って」 星矢と紫龍に、揃って投げやりな祝辞(?)を投げかけられ、瞬は言葉に詰まった。 望んだことが叶えば、また新たな望みや不満が生まれてくる――それが人間というものなのである。でなければ、人は皆、ある程度の高みに達した時点で停滞してしまうではないか。 「そーだけど! 氷河、いつも僕と一緒にいてくれるけど! それって僕の望んだことだけど! でも、氷河ってば……」 「氷河ってば……?」 口ごもる瞬の言葉を反復する形で、紫龍が瞬に訊き返す。 瞬は、こころもち瞼を伏せ、怒声を嘆声に変えた。 「氷河ってば、ほとんど口きかないんだもん。その……あの…ね、僕の目見て、目だけでちょっと嬉しそうに笑って、それっきりなんだよ、毎晩……」 『毎晩』というところに、なにかなまめかしいものを感じとって、星矢と紫龍は一瞬ちらりと視線を交し、そして、げんなりした。 それは、つまり、瞬が満足しているのを見てとって、氷河自身も満足した――ということなのだろう。 瞬の相談事というのは、もしかして、のろけを聞かせるための方便だったのではないかと、二人は疑ってしまったのである。 二人に相談をもちかけてきた瞬は、暖かい春の陽射しの中で完全に開ききるのを恥らう薄紅色のチューリップの花のように見えた。しかし、恥らっている内容が内容なだけに、星矢と紫龍は頭を抱え込みたくなってしまったのである。 「で? おまえの相談事ってのは何なんだよ、瞬」 困惑を振り切って、星矢が瞬に問いただす。 すると、ピンクのチューリップは、なお一層恥ずかしげに顔を伏せるではないか。 「僕……氷河に何か言ってほしいんだ」 「へ?」 訊かなければよかった! と、星矢はマリアナ海溝よりも深く後悔したのである。 「な…何か…って、まさか……」 言いよどんでしまうのは仕方がない。言葉の先を続けられずにいる星矢に、紫龍がこれまた心底嫌そうに助け舟を出す。 「……良かった…とか、満足した、とか?」 ここで力いっぱい瞬に頷かれていたら、星矢と紫龍は、金輪際瞬と氷河には関わり合うまいという決意を固めていただろう。 が、幸いなことに(あるいは、より不幸なことに)瞬は、紫龍の言葉を全く解してはくれなかった。 彼はきょとんとして、 「良かった…って、何が?」 と、逆に紫龍に尋ね返してきたのである。 「え……いや、その……」 げほげほとわざとらしい咳をして、紫龍がその場をごまかす。 どうやら瞬の相談事というのは、『氷河に事後のご意見ご感想を聞きたい』というのではないらしかった。 「じゃあ、いったい奴に何を言わせたいんだ!」 あどけなささえ残す瞬の外見とその言葉が暗に示すなまめかしさの不調和に惑わされて、妙な方向に勘違いしてしまったらしい自分自身に、紫龍は心の内で喝を入れた。その弾みで、少々語調がきつくなってしまったらしい。 瞬はますます身体を縮こまらせ、その声は蚊の鳴くようなそれになった。 「あの……僕のこと、好きだ…って……」 「へ…?」 耳まで真っ赤になって俯く瞬に、それまで、戸惑い、うんざりし、げんなりしていた星矢と紫龍は、苛立ちと毒気を取り除かれ、思いきり呆けてしまったのである。 瞬はいったい何を言っているのだろう――と、彼等は思った。 あるいは、自分たちは急に日本語が理解できなくなってしまったのか――と。 それは、今更言葉で確かめなければならないようなことだろうか。百歩譲って、どうしても言葉が必要だというのなら、瞬は容易に目的のものを手に入れることのできる魔法の目を持っているではないか。 「瞬。おまえ、急になに馬鹿なこと言いだしたんだよ。そんなの、俺たちに相談したってどーにもなんないことだろ。どーしてもって言うんなら、お得意のあれやりゃいいじゃん。目で命じる…ってやつ? 『氷河、たまには好きだって言えーっ!』ってさ」 瞬の相手をしている疲労(この場合は、精神的な)のためか、はたまた真面目に瞬の相談事を聞いているのが馬鹿らしくなったのか、星矢はだらしなくラウンジのソファに沈み込んだ。 そこに、再び瞬の鋭い声が響く。 「命じてなんか、言ってほしくないっっ!!!!」 瞬の甲走った声が、星矢と紫龍のだらけかけていた身体と気分とに、一気に緊張感を呼び戻した。 「氷河ってば、氷河ってば、僕が望んだからって、お茶いれてくれて! 僕が望んだからって、食事連れてってくれて! 僕が望んだからって、お風呂の用意してくれて! キスしてくれて! 抱きしめてくれるんだよっ!いつもいつもそんなふうで、一体氷河には氷河の意思ってものがないのっっ!? 僕が望めば朝までずっとなんだからっっ! 氷河が一言、これくらいでやめようって言ってくれたら、僕だってそうしてあげたのに! おかげで、僕、今日は朝からずっと身体ががくがくなんだからっっっ!!!!」 力いっぱい拳を握りしめ大声で一通りの不満をぶちまけ終えてから、瞬は、天馬座の聖闘士と龍座の聖闘士がソファの上に並べられていたクッションの下に頭を突っ込んでいるのに、初めて気づいた。 同じ時代に生を受け、命をかけた闘いを共にしてきた仲間たちのふざけた態度に、瞬は更に肩を怒らせたのである。 「星矢! 紫龍! 真面目に僕の話聞いてよっっ!!」 そんなことを言われても、人生には耐えられる苦難と耐えられない苦難がある。二人の聖闘士にとって、瞬の訴えは到底静聴できるようなシロモノではなかった。 "誰にでも優しく親切"を枕詞にし、しばしば清らかな季節の花々に例えられてきたアンドロメダの聖闘士が、清浄な面差しで必死に訴えてくるその内容の、なんという生々しさ。 「星矢! 紫龍!」 それこそ命がけで目と耳をふさいでいたクッションを取り払われて、二人の聖闘士は、嫌々ながら顔をあげた。そうして、彼等は、彼等の目の前にあるアンドロメダの聖闘士の清楚としか言いようのない面差しに、激しい頭痛・発熱・悪寒・喉の痛みを覚えたのである。 きつく引き結ばれた瞬の薔薇色の唇は、星矢と紫龍に敵前逃亡を許してくそそうにない。 星矢と紫龍は、今すぐこの場から逃げ出したかった。そうすることが許されるのなら、彼等は冥界の王に自らの魂を提供することすら厭わなかっただろう。 だが、今、彼等の眼前にいるのは、冥界の王より強大な力を持つ犠牲の王女。到底、逆らいきれる相手ではない。 紫龍は内心男泣きに泣きながら、持てる力のすべてを振り絞って、なんとか助言らしきものを口の端にのぼらせた。 「あ…あのなぁ、瞬。嫌いな奴のためにそこまでする男はいないぞ」 「てゆーよりさー、好きな相手のためにだって、そこまではできねーぞ、フツー。氷河って偉い奴だったのな。俺、ちょっと見直しちまったぜ」 「いや、あの氷河のことだ。朝まで待ったなしってのは、むしろ望むところで、瞬が望めば、朝までどころか、次の夜まででも頑張っていたに違いない」 「典型的むっつり○ケベってか?」 「ははははは」 空しい笑いをラウンジに響かせて、星矢と紫龍は、それからまたどっぷりと疲労感に身を任せた。 今回はどう考えても、相談を受ける側の方が不幸だった。 「氷河は真面目で一本気で、頼まれたら嫌って言えないタイプなのっっ!!」 氷河をむっつり○ケべになどされてはたまらないとばかり、瞬が星矢たちに反駁する。 (それは絶対に違う) 星矢と紫龍は全く同じことを全く同じタイミングで考えたが、もちろん、その考えを瞬に披露したりはしなかった。二人にできたのは、ただひたすら、瞬が早く自分たちを解放してくれないかと祈ることだけだった。 そんな二人の苦衷も知らず、瞬は自らの苦悩に手いっぱいである。 「なのに、僕、氷河のそんなとこ利用してるみたいで嫌なんだ。僕は――氷河には氷河の意思で氷河のしたいことしてほしい。氷河の意思で、氷河が望むように生きてほしいの。氷河自身の幸せを、氷河自身の意思と努力で手に入れてほしいんだよ…!」 星矢と紫龍は、この状況に既にお手上げ、だった。 真剣そのものの瞬は、この馬鹿々々しい状況で、なんと瞳に涙さえにじませているのである。 「僕が、氷河のしたいようにして…って、そう望めば、氷河はそうしてくれるかもしれないよね? でも、それって氷河の意思? ほんとにほんとに氷河の意思? 僕、自信がないんだ。僕が氷河の側にいるのって、氷河にとって良くないことみたいな気がするの。なのに、僕……僕は氷河に側にいてほしくて、だから、氷河を僕に縛りつけてて、でも、やっぱり、絶対に、僕、そんなことしちゃいけないんだよね…?」 「…………」 涙ながらの瞬の訴えを聞いて、星矢と紫龍は瞬以上に真剣に――あほらしくなってきてしまったのである。 瞬は、つまり、たまたま側にいただけの友人が、氷河を好き勝手に動かしていることに罪悪感を覚えている…らしい。せめて、自分が氷河の好意の対象となる存在だったなら、その負い目も消えるのではないかと考え、氷河にその"言葉"を期待しているのだ。 しかし、なぜ瞬の思考がそういう方向に進んでいくのかが、星矢と紫龍にはわからなかった。 氷河に対して、"目での命令"が有効なのは瞬だけなのである。 星矢、紫龍はもちろん、女神ですら、氷河を命令に服させることはできないのである。その事実を認識できているのなら、瞬は自分の苦悩は全く意味のないことだと気付いてしかるべきではないか。 ――そう思ってから、星矢と紫龍は少々不気味なことを考えた。 瞬は、これまで、いつでも、誰に対しても優しく親切に接してきた。それがアンドロメダ星座の聖闘士の売りだった。 もしかしたら、瞬は、好きな相手に対しても、好きでない相手に対しても、嫌いな相手に対しても、どうでもいい相手に対しても、同じ態度で接してしまう人間なのではないだろうか。だから、こんな――今更、氷河の気持ちを知りたいなどという――馬鹿げた悩みに囚われているのではないか――と。 自分の嫌いな相手にもためらいなく優しく接してしまう人間――それは、ある種の戦慄を呼び起こす存在でもある。自分に親切にしてくれた人の好意を信じてしまえないとなったら、人は何を信じて生きていけばいいのかがわからない――ではないか。 星矢と紫龍は、現状の馬鹿々々しさではなく、瞬という個人の人間性に恐怖を覚え、少々背筋を凍りつかせた。 少し真剣さを取り戻して、居住まいを正す。 「ま…一見したとこ、ほとんど瞬の下僕状態だもんな、この頃の氷河」 「一見するとな。だが、よくよく見ると――」 「げ…下僕…?」 深い苦悩の淵に沈んでいた瞬に、星矢の言葉は衝撃的に過ぎた。 紫龍がフォローを入れる前に、瞬の頬は血の気を失い、蒼白になってしまっていたのである。 「あ、おい、瞬!」 慌てて引き止めようとした星矢の手は、しかし、よろよろと覚束ない足取りでラウンジを出ていく瞬を捕まえることができなかった。 そして―― ラウンジの扉の前の廊下では、噂の下僕が、主君のお出ましを今か今かと――無表情に待ち焦がれていた。 血の気の失せた瞬の頬とその目を見るなり、それまで感情の色もなかった氷河の顔が硬く強張る。 次の瞬間、彼は力任せに瞬の身体を引き寄せ、抱きとめ、抱きしめていた。 瞬を追ってラウンジを出てきた星矢と紫龍が、その唐突な展開にぎょっとして、廊下の壁にへばりつく。 「放して、氷河」 氷河の胸から、瞬の声がする。 氷河は、しかし、その命令に従わなかった。 「放してってば!」 命令に従うどころか、彼は逆に瞬を抱きしめる腕に更に力をこめた。 「僕が放せって言ってるんだよ! 氷河、聞こえてないのっ!?」 それでも、氷河は瞬を放さない。 星矢と紫龍の目には、本当に氷河の耳には瞬の声が聞こえていないかのように見えた。 どうあっても命令に従うつもりのないらしい氷河に、それまで高圧的だった瞬の声が涙声に変わる。 「氷河はっ! 僕の目が望むことだったら何でもするのっ!? 僕が命じたら、泥棒でも人殺しでもするのっ! 僕がそうしろって言ったら――僕の目がそうしろって命じたら……!!」 言葉に詰まった瞬の上から、ふいに低い声が響いてくる。 「何でもするぞ、俺は」 短くぶっきらぼうな、氷河の本日の第一声、だった。 「だが、おまえはそんなことは望まない。望んでくれたら、何でもその通りにして、俺がおまえをどれほど好きでいるのかを証明してやれるのに」 今度のセリフは少し長い。 壁にへばりつきつつ、星矢と紫龍は、氷河にしては長いセリフに――セリフの長さに――感心してしまった。 瞬はといえば、望んでいた言葉を突然氷河に告げられて、かえって冷静さを取り戻してしまったらしい。 彼は、氷河の腕の中で緊張させていた全身から、ふっと力を抜いた。 「氷河、ちょっと腕ゆるめて。氷河の目、僕に見せて」 氷河が、今度は素直に瞬の命令に従う。 瞬は、従順な下僕に戻った氷河の顔を見あげ、それから、その青い瞳を覗き込んだ。 相変わらず感情の色の少ない瞳。 氷河の青い瞳は、一瞥しただけであれば、不毛の砂漠の空のようにも、真冬の凍った海のようにも見える。だが、瞬は、その中に、ひとしずくの水、ひとつぶの真珠を見い出す技に長けていた。 おおよそ3分の間、瞬は氷河の瞳を見あげ、見詰め、氷河は瞬の瞳を見おろし、見詰めていた。 廊下の壁にへばりついている星矢と紫龍を無視しきって、二人は二人だけの世界に没入していたのである。 やがて、瞬が、氷河の目を見詰めたまま、目元に微笑を刻む。 それは、開ききるのをためらっていた薄紅色のチューリップが、春の陽射しに促されて、その花びらを太陽に向けたような笑みだった。 「やだな、僕。氷河の目見ればすぐわかったことなのに…。元旦から無意味なことで悩んで、時間損しちゃった」 花がほころぶような瞬の笑顔に触発されて、氷河もまた目だけで微笑した。 「ごめんね、氷河。僕、誰かに自分を好きになってほしいなんて思ったの、生まれて初めてだったから」 聞きようによっては空恐ろしいセリフを軽く言い、瞬は、氷河の群青色のトレーナーの袖をきゅっと握りしめた。それから、まるでからかうように、目の前の氷雪男に尋ねる。 「氷河、今、僕がなに考えてるかわかる?」 氷雪男は一瞬の迷いもなく、瞬に答えた。 「『氷河と一緒に初詣でに行きたい』」 「わ、当たり!」 「『車を出さずに、神社まで氷河と腕を組んで歩いて行きたい』」 「え…?」 (僕、そんなことまで思ったかな?) 氷河の言葉に一瞬戸惑った瞬は、しかし、すぐにまた新しい笑みを作った。 氷河の自信に満ちた断言で、瞬は、自分は確かにそう望んでいた――ような気になってしまったのである。 「じゃ、ちょっと待ってて。コート取ってくるから」 氷河が頷くのを確認した瞬は、軽快な足取りで自室に向かって駆け出した。 その後ろ姿を見送る氷河は、相変わらずの無表情、である。 だが、星矢と紫龍にはわかっていた。今覗き込めば、氷河の瞳の色が真冬の海のそれから、春の野原の上に広がる青空のそれに変わっているだろうことが。 数分間の見詰め合いと、一言二言の氷河の言葉。 それだけのことで、瞬の深刻極まりない苦悩は、あっさり収束してしまった――ようだった。 巻き込まれた周囲の迷惑など、氷河と瞬にはどうでもいいことだったらしい。その証拠に、コートを手に飛ぶように氷河の元に戻ってきた瞬は、先ほどからずっと壁に張り付いたままの星矢と紫龍に気付いた様子もなく、氷雪男と連れ立って、楽しげに初詣でとやらに行ってしまったのだった。 星矢と紫龍の前から、勝手に二人でわかりあってしまった氷河と瞬の姿が消えてしまってから10分後。 星矢と紫龍はやっとのことで自分自身を取り戻した。 二人の疲労は限界にまで達し、その小宇宙もまたほぼ燃え尽きていた。 「星矢…。いったいどーゆー年になるんだ、今年は」 「ハーデスに身体を乗っ取られた瞬相手に闘ってた方がずっとマシだったって思えるような年だろ、きっと」 やっと口のきき方を思い出した紫龍に、これまたぐったりした顔と声で星矢が答える。 「ははは…。そりゃあ、平和なことだ」 アテナの聖闘士の望みは、何よりもまず地上の平和と安寧である。であるからして、彼等は今、希望の予感に満ち満ちた新年の第一日目にいるはず――だった。 空しい笑いもそこそこに、二人の聖闘士がラウンジへと回れ右をする。 天馬座の聖闘士と龍星座の聖闘士は、今、何をおいてもまず、ラウンジのソファのクッションを抱きしめて、心と身体を休めたかったのだ。 「わー、いいお天気―っっ!」 玄関の方から、瞬の歓声が聞こえてくる。 元日の空は快晴。 氷河と瞬の前には、幸せの予感に満ち満ちた一年に続く最初の一日が、輝くように横たわっていた。 Fin and a happy new year !
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